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Japan Producer インタビュー

vol.28 - 住民に考える機会を与えるのが私の仕事だと思っています

【市区町村議会議員】栗山 雅史(くりやま まさし)西宮市議会議員

【市区町村議会議員】栗山 雅史(くりやま まさし)

政党
無所属
選挙区
兵庫県西宮市
初当選年
2003年
当選回数
2回(市議選2回)
本日はよろしくお願いします。栗山議員は29歳とお若く、わたしたちと年齢も近いんですが、どのような学生生活を送られてたんですか?

入学した時に「とりあえずはじけたい、キャンパスライフを楽しみたい」って思いましたね。
それまでの高校時代が禁欲生活でしたから(笑)。

高校時代の禁欲生活とは?

高校時代は勉強一筋だったんですよ。クラブ活動も特にやらず。
「ええ大学に行かなアカン。ええ大学に行けば、いい社会人になれて、幸せな生活が送れる」ってずっと親に言われててね。僕自身も「そういうもんなんかな」と思って、ほな勉強頑張ろうってなってね。
それでまあ男子校だったってこともあって、女性の誘惑もなくほんとに勉強に集中したんですよ。途中からは指定校を目指して。
3年生の時には1教科だけ4で後は全部5っていう成績も取るくらいにね。

その頃は何か将来目指しているものはなかったんですか?

そうですね。その頃はまだ人生設計とかそんなん全然できてなかったし、とりあえずはこの受験という競争を勝ち抜かなければいけないんだろうなって思って素直に勉強をやってたっていう感じですね。
そうすればその先に何か見えてくるかなと思ってね。
そして結果的に関学(関西学院大学)に指定校で行ったんですよ。

この関学に行ったことで西宮に出会い今の自分があるんですけどね。

なるほど。では話は戻るんですが大学時代は何をされてましたか?

さっきも言ったようにキャンパスライフを楽しみたいと思ってね。
1年生の時は彼女もできて、テニスサークルに入って先輩にかわいがられて、麻雀やら飲みやらドライブやら遊びばっかりやってましたね。
2年生からはそのサークルの会長をやってね。
100人以上の大きなサークルでその中で色々な思いを持っている人がいてその思いを1つ1つくみ取りながら、また先輩からも色々言われながらで苦労しましたね。サークルで経験したこういうことは、政治家になった今「通ずるところがあるなぁ」っていうのは思いますね。

勉強の方はどうだったんですか?

全くしてなかったです(笑)。
高校時代とは全く逆でしたね。

高校時代は見えてなかった、その先、つまり夢みたいなものは大学では見つかりましたか?

まだわからなかったね。明確にならなかった。
今でも多くの学生がそうだと思うけど僕自身も夢みたいなものが見つからず、すごく悩みました。
就職活動も大学受験と同じものにしか捉えられなかったんです。
試験というハードルとしてしか。その中で勝ち抜くということしか。

何をしたいとか、これをやってみたいじゃなく、この中で勝ち抜くということしか教えられてこなかったという教育。これが間違ってたんだって今政治家になって強く思うね。

大学受験と同じことをやってしまった。つまり夢の先送り。
これはでも多くの人が経験することでしょうね。
だから先に気付いた僕達がそういう人たちに何か伝えなきゃいけないと思う。

今回議員インターンシップを受け入れてくださるのもそういう思いからですか?

そうですね。
色々なことを思い、悩んだ末に行き着いた、この政治家という仕事をしている自分を見てもらうことで、これから将来を決めていく彼らに何かヒントになるものをみつけてもらえたらなぁと思いますね。

大学出て信託銀行に入社してそこで4年間リクルーターをやってたんですけど、そこで色々な学生と接する中で感じたことは、自分が行きたい会社なり進みたい進路なりにちゃんと理由づけができているかどうかということです。

例えば、なぜ今生きているのか、なぜ大学に行っているのか、なぜこの学部にいるのか、なぜ就職活動なのか、なぜこの業界を志望するのか、なぜこの会社なのかと言うことをしっかり自分の中で言えないといけないと思いましたね。

なるほど。ではその信託銀行時代のお話をうかがいたいんですが。

そうですね。ここからの人生が濃かったね(笑)。

まあまず悩みながらも何で信託銀行を選んだかっていうと、とにかく僕好奇心が旺盛なんですよ。まあ誰もが言うことだけどね。
何でも知っとかないとおもしろくない、知らない世界が多いまま生きていくのはちょっと嫌だ、将来定年した後は街のもの知りじいさんになりたいなと思ってね。

いろいろな業界を知れる、いろいろな知識を蓄えられる業界と考えた時、様々な業界と接することができる金融が最適かなと思ったんですよ。

実際にどのようなことをされていたんですか?

最初非営利法人を専門で扱う部署にいました。
そこでは金融商品売ったり、お金貸したり、証券売ったり、不動産取り扱ったり、マーケティングやったり、年金のコンサルやったりと1年目から信託銀行が取り扱うあらゆるスキームを経験させてもらったんですよ。
非常にいい経験をさせてもらいましたね。

でも3年間その信託銀行にいてまた考え出したんですよ。
自分の夢というかこれからについてね。これからどう生きていこうと。
先輩よりも成果あげたり、同期の中で一番になったりする中である程度満足しちゃってたんですよ、その仕事に。

それでちょうどその頃金融ビッグバンが進んでいて、外資系の企業がどんどん入ってきて日本の市場をどんどん荒らしているっていう中で、その外資系のパワーっていうのを見てみたいと思って、外資系の証券会社に1年間出向させてもらったんですよ。

そこではどんな経験をされたんですか?

その証券会社はできてまだ1年の会社だったから、いろんな会社からの転職組の集まりだったんですよ。外国人もいっぱいだし。
だからまわりはもう腕に自信のある人ばっかりなんですよ。
給与体系も成果主義でね。もろ競争社会だったんですよ。
そんな中でもまれたことでとても視野が広がりましたね。

逆に日本の銀行っていうのは旧態依然というか、何十年も続いてきた銀行という古いシステムを踏襲しているだけで非常に保守的なんですよ。
1年の出向が終わってもとの信託銀行に帰ったんですけど、やっぱりそういう組織からはもう刺激が受けられないと思ったんですよ。で、帰って翌日にはもう辞表を出してましたね。

すごい決断力ですね。その後はどうされたんですか?

出向してた外資系の証券会社に転職しました。
でもここでもまた悩んだんですよ。
外資系って言ってもその会社は中小企業だったんですね。
だから所詮は株主の意向に従うしかない、極端な話大株主の私物なんですよ。

だからそういう下で働いてても正直おもしろくなくなってきてたんですよ。
そこで「もう自分ひとりでやっていこう」と思ってそこも辞めたんです。

ちょうど総務の関係の仕事もやってたんで労働や雇用の問題に興味があったんですね。
だからそういう関係の弱者を守る仕事を独立してしたいと思って社会保険労務士の資格をとったんですよ。

つまりあらゆる分野のことを知りたいっていうのは変わってなくて、その時考えてたのが実業の中で必要とされる法律、経済・会計、社会保険労務、不動産、経営という5つのプロフェッショナルになってひとりで生きていこうと思ったんですよ。
組織や会社の中では自分は生かせない、何とかこの5つに関する資格をとってスーパーコンサルティング会社を作ってやろうってね。

それが卒業後の会社員生活の中で見えてきたことなんですね。

そうですね。
自分が今までやってきた延長線上で考えたとき、これが一番やりたいことだろうっていうね。
だから会社をやめて1年くらいはね、奥さんに勉強をさせてくれと言って、さっき言ったような勉強をしてたんですね。

そんな中どうして政治を志すようになったんですか?

いくつか理由はあるんだけど、ひとつ大きなターニングポイントになったのは2001年9月11日の米国同時多発テロですね。
実は僕、あの事件を実際に目撃しているんですよ。

(栗山議員の)ホームページで拝見して、そのお話を是非お聞きしたかったんです!

その頃はまだ外資系の証券会社で働いていた時で夫婦でアメリカを旅行していたんです。
もともとフロリダに行く予定だったんだけど、奥さんがたまたまニューヨークもちょっと見てみたいといって1日だけ立ち寄ったんですよ。
そこであの現場に遭遇したんです。

地下鉄から地上に上がってきたらWTCの2つのビルから黒い煙が上がっていたんですよ。だから最初は火事だと思ったんです。
目の前にはセンター内の企業の書類が散乱していました。
中には日本の企業の書類もあって。それでこの火事は尋常じゃないと思ってビデオカメラをまわしながら近づいていったんです。そうすると「ドーン」っていう音が聞こえてきて。よく見てみると人が落ちて来てるんですよ。近づけば近づくほど「これは火事じゃない」って思えてきたんです。
そしてそうこうしているうちにサウスタワーが崩れ落ち、私は何がなんだかわからないままほうほうの体で逃げました。
気が付いたら粉塵で身体は真っ白でした。
マスコミに知り合いがいたんで、この時とったビデオは自分の中で持ってたらアカンと思ってマスコミに提供しました。その映像はニュースでも流れました。
で、その時強く思ったのが「人間なんていつ死ぬかわからない」ということです。
よく言われることだけど、自分で実感してみて改めて思いました。
僕だって9.11という日にニューヨークにいて、たまたま難は逃れたけど、僕がそこに行った理由、意味っていうのは何だったんだろうと考えた時に「人生ほんといつ何が起きるかわからへん」と痛感しました。

今日はこうやってあなたにインタビューを受けて喋ってるけど、ほんま明日どうなるかわからへんしね。

そして翌年1月にはその外資系の会社も辞めました。
その決断のバックグラウンドにはあのテロでの生死観の変化がありました。
いつ死ぬかわからない中、その時自分がやりたいと思ったことをやらないと後で後悔するっていう。
だから限界を感じた会社をスパッと辞めて自分がやりたい勉強しようと思ったんです。
でもね、そうやってさっき言った色々な分野の勉強をしたり、新聞をじっくり読んだり、テロのことをまた思い出してみたりしているうちに、「何かがおかしい」と思えてきたんです。

平和というもの、あるいは僕らの世代が安心して仕事ができてちゃんと老後まで生きていけるシステム、社会の様々な制度なんて信用できないなって。
そして、その背後には政治があるんじゃないかって。
それを改善していくために自分が今までやってきた知識、スキルというのを政治という場で活用してみてはどうかと思いはじめたんです。
そしてその時に真っ先に頭によぎったのが9.11で感じたこと、つまり「人間はいつ死ぬかわからない。やりたいことをやらないと後悔する」ということでした。

自分が今まで生きてきた意味は何なのか、毎日を一生懸命生きていくということを真剣に考えていかないと後悔の念がたまってしょうがないんじゃないか、だったら今やれることをやってやろうと思ったんです。それが去年の夏です。

秋からは埼玉県の若者政治家養成塾に入り、選挙の仕方を教えてもらいました。
そして、やるんやったらやっぱり大学時代を過ごした西宮市でやろうと思って、昨年の12月に西宮市に帰ってきたんです。そして1月から決起を始めて4月の統一地方選、現在に至るわけです。

こういう捨て身な覚悟ができたのはやはりテロ事件での生死観の変化が大きいですね。
それがなかったら普通の考えだったらまだ惰性で会社に残っていたかもしれないね。

人生何が起きるかわからない中、その時その時に辛抱していることが果たしていいことか疑問に思うことがある、会社員であればなおさらね。
暴れなきゃいけない時は暴れないと、もう辛抱するのが美学という時代は古いよ。
辛抱して辛抱して50代になって部長になれたと思ったら、1年後には出向みたいなケースが今じゃ山ほどあるしね。
何のために会社に尽くしてきたのかって嘆いている団塊の世代は多いんですよ。
そういう世代を見てたら僕ら何の安心感も無いじゃないですか、働いてても。何のために生きているの?と言われた時にそんなんじゃ虚しいじゃないでしょ。何かがおかしいこの原因は何かって考えた時にそれはやっぱり政治なんだと思って行き着いて、じゃあ政治をやるしかないなと思ったんです。
誰もやらへんのやったら俺がやってやるってね。

今期4年間どんなことをしていきたいですか?

そうですねぇ、市民のみなさんの信任を受けて議員にならせていただいたわけですからこの4年間はしっかりその期待に応えて行政がよりよくなるように働きかけていかないといけないと思っているんですけど、みなさん「変えてほしい、変えてほしい」ということはおっしゃるんですけど、何を変えてほしいかまでは言わない人が多いんですよ。
でもそれは言わないんじゃなくて何を変えてほしいか自分自身でもわかってないと思うんです。
漫然と今の状態がものすごく嫌だというだけなんですよ。
だからそういう人たちに何か希望の息吹を見せられるような活動をしていきたいと思っています。

なるほど。ではこの先、県会議員や国政に進んでいかれるのでしょうか?

そういったことはまだ考えてないです。
とりあえずこの4年間、毎日を自分の使命を果たしながら一生懸命生きていくことです。明日死ぬかも知れないという気持ちで。
先々のことは考えないようにしています。

栗山議員は今回議員インターンシップの受入に際して、「自分探しをしている人募集」ということでしたが、そういう人たちも含めて最後に若者へのメッセージをお願いします。

とにかく自分が興味をもったことはほっとかないで、とりあえず真剣に取り組んで何らかの結果を見るまで行動を続けてほしいということですね。

それは栗山議員ご自身がこれまでされてきたことなんですね。

そうだね。
全てでいい結果出るわけではないけど、その中で絶対これは譲られへんというものが出てくると思うんですね。それを大切にして最後まで突き詰めていってほしいです。

僕も紆余曲折の人生を送ってきて、色々な分野に興味をもってやってきて、今やっと自分の使命だと思える政治家にいきつきました。
そうやってみんなにも何か自分の使命だと思えるものを見つけてほしいですね。

(インタビュー:2002-07)

経歴・プロフィール
1974.5.12
大阪府東大阪市に生まれる。
1993.3
上宮高等学校卒業。
1997.3
関西学院大学商学部卒業。
1997.4
住友信託銀行(株)入社。
本店営業部へ配属され、非営利法人(地方公共団体等)を担当。受与信、年金、不動産、証券等の法人営業を経験。
2000
インターネット証券のDLJdirectSFG証券(株)へ期間限定の業務出向。マーケティング部所属。
2001
会社の中枢機関の運営に興味を持ち、同社へ転職。
経営企画部に所属し、財務、総務等を経験。
旅行中に9.11米国同時多発テロ現場に遭遇。
2002
同社を退職。
2003
西宮市議会議員に初当選。
2007
西宮市議会議員に2期目の当選。

※プロフィールはインタビュー時のものです。

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