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2002/5/4インタビューVol.003 [議会議員] 大海 雄一郎 墨田区議会議員 「ぼくと同じ苦労はしなくていい。次のジャパンプロデューサーを育てることが、ぼくのジャパンプロデュース」

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墨田区議会議員

墨田区議会 大海 雄一郎
政党 無所属
選挙区 東京都墨田区
初当選年 1999年
当選回数 1回(区議選1回)
公式サイト

 

まず一番の疑問から。大海議員は音楽の世界で周囲から将来を嘱望されていたのに、なぜ政治の世界にはいろうと思ったのですか?


そうですね。ぼくもみなさんと同じ頃、プロの音楽家を志し睡眠時間を削ってお金を稼いで、海外へオペラの勉強をするために留学したくらいで、音楽の道に進むと心に決めていました。 ですがぼくはイタリアで忘れられない体験をしたんです。
イタリアのコンクールで入賞したときに、先方の役員から「日本の音楽を演奏してほしい」と言われました。ぼくは喜んで山田耕作や滝廉太郎の曲を演奏しました。
すると「それは日本の曲ではない。」と言われたんです。「それらの曲は確かに日本の音楽家が作った曲でしょうが、それは西洋の音楽を学んだ日本人がつくった西洋の曲です。」と言われたんです。
ぼくは愕然としました。ぼくは雅楽も和太鼓も演奏できませんでした。ぼくは彼らが言うところの日本の曲をまったく知らなかったんですね。
自分の国の文化に対する敬意と誇りが彼らに比べて本当に欠如しているのを痛感しました。彼らは自分の文化に本当に誇りをもっていたんですね。だからこそ日本の文化にも敬意を払って日本の曲を聴きたがったのでしょう。
ぼくは自分のことを恥ずかしく思いました。そしてこのままじゃいけないと思いすぐに日本に帰国して日本の文化を知るため能の謡(うたい)を学び始めました。
音楽についての話ですが、この経験を通して日本の現状や問題点を強く意識したことがぼくの政治家としての出発点となりましたね。



なるほど。日本は自国の文化を大切にする心を忘れているのではないか、ということですか?


そうです。こんな経験をしたことがあります。
ウィーンのある地域で地下鉄に新しい駅をつくろうという話が持ち上がり地下鉄の調査や設計なども行われていたのですがいつになっても完成しない。なぜだろうかと疑問に思い調べてみると、確かに地下鉄の駅をつくる企画は進んでいるんです。ですが地下鉄建設に回るべき予算がほかに回っていたのです。
どこに回っていたのかというと、予算は国立歌劇場の維持管理費に回っていました。日本だったなら経済の発展、復興のためなら芸術などの分野は真っ先に切り捨てられるでしょう。 ですがウィーンの人々は地下鉄が早くできなくても、まったく気にしないんですね。彼らは「確かに地下鉄は大切です。ですが私たちにとって、地下鉄はまだ30年の歴史のものです。それに対して、オペラは300年の歴史のものなんです。私たちはそれだけ重みのある伝統文化を持っていることを誇りに思います。」と言うんです。こういった自国の文化を誇りに思う国民性が、日本には決定的に欠けていると感じましたね。



なるほど。音楽や芸術・文化を通して日本の問題点を強く意識したということでしたが、大海議員にとってのジャパンプロデュースって、何でしょうか?


教育改革ですね。
ぼくは国家というのは3つの要素で成り立っていると思っています。
1つ目は領土。国家の物理的特長ですね。
2つ目は政府。国家の機能的特長です。
そして最後の3つ目は国民性。
これがもっとも大切だと思っています。
ぼくのジャパンプロデュースはこの3つ目の国民性に取り組んでいくことだと思っています。音楽を通し海外でさまざまな苦労をして、ぼくは自分の国を見つめ直すことができました。
そこで感じたのは、自国の文化を知ることの大切さです。さきほど言ったように、自分の国の文化を知って、自分の国に誇りをもつことは、国家や国民性という大きな視点からも重要です。
ですが、それ以上に自国の文化を知ることは、これから国際交流が当然のことになっていく時代、個人にとっても必須のものとなっていくでしょう。また教育に、ここまで力を入れるもう一つの理由は、教育こそがぼくの信念だからです。
ぼくは、ぼくと同じ苦労をみなさんにはさせたくない、といつも思っています。ぼくがした苦労は、ぼくが教育などを通してみなさんにお伝えし、ぼくで終わりにすれば、みなさんはぼくのもっと先を進めるわけでしょう?そうすれば、ぼくがいなくなっても、誰かがぼくの目標としていることを実現させてくれる。そう思ってます。自国の文化を知らないことでの苦労は、ぼくがもう十分味わったんです。だからこれに関しては、ぼくの経験をみなさんの踏み台にして、みなさんは、もっと先を見てほしいと思うんです。
ぼくは自分と同じ苦労をみなさんにさせないためにも、教育を自分の人生を懸けてやろうと思うんですね。



(インタビュー:2002-05)

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