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2002/12/1インタビューVol.017 [国会議員] 増原 義剛 衆議院議員 「「価値の転換」を社会に仕組んでいく」

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衆議院議員

自民党 増原 義剛
政党 自民党
選挙区 中国ブロック
初当選年 2000年
当選回数 3回(衆議院選3回)
YAHOO!みんなの政治

 

増原議員は、大蔵省に入られて、それから政治家になられたわけですけども、なぜ、政治家になろうと思われたんですか?


そうですね、大蔵省にいた時もおもしろかったですよ。
例えば民主主義政治において税制っていうのは非常に大きなウェイトを占めている。だから広い意味の、広義の政治というものが大蔵省に入った時からあって、それはそれで一生懸命できて、おもしろかったと思ってるんですよ。
じゃあ、なんで僕が政治の道を目指したかっていうとね、まず、いろいろ政治不信、行政不信っていうのがあったんだ。
その当時、自民党が社会党と組んだわけね。社会党っていうのは、今までの主張をかえちゃって色々な譲歩をして、そして村山政権が成り立った。
まぁ時代の流れといえば流れだけれども、しかし有権者からみれば非常に不透明だよね、「なんでそうなるの」ってなるよね。
僕からみても「なんだ?」っていう気持ちが強かったんだ。それに何かあったときに、政治の責任者っていうのが、官僚や局長クラスの首を切ってそれでもう責任はおわりっていう姿勢がみえたのね。
政治家が責任をとらなかった。僕は政治家はもっときちんと責任を取るべきだっていう気持ちをもっていたんだ。
もう一つは、行政が時代の変化に対応できなくなってきつつあるんじゃないか、という危惧感が非常にあったわけですよ。
例えば、不良債権の問題。僕は今から8年前かな、政治に関わる前から、日本の不良債権に関する指摘をしていたんだけど、甘い見通しが主流だった当時、行政ではそういう意見は封じられてしまったんだ。
これでは、時代に対応した適切な政策を企画立案できないのではないか。行政は時代の変化についていけてないのではないか。あまりにこれまでの成功経験に流されてきてて、時代の深刻さをきちんと認識してないんじゃないか。そういう中にいたんでは、危ないと思ったんですね。
責任を取らない政治、行政の対応能力のなさ、この2つに危機感を覚えて飛び出したんですよ。



では実際、政治家になられて、官僚時代との大きな違いはどんなところですか?


一つはやっぱり、官僚の時代って言うのは、業界を通しての意見、例えば銀行界とか証券界とか、をとおしての意見を聞くことが多かったんですね。
それで世の中の流れをみる、みたいなね。
でも政治家は違うんですよ。いろんな人とあって、直接有権者と語るわけですよね。それはもう老若男女、若い人から年配の人まで。ナマの声、すべての声っていうのが聞こえたんですね。これが聞ける。情報が間接的から直接的になった、これが一つ大きくいえるんじゃないかな。
それともう一つは、政治家になって思ったんだけど、今度は自分が直接行政の中にいるわけじゃないんですよ。だから直接のいろんな意見を聞けるわけなんだけれども、じゃあそれに関する企画立案能力は?といった場合は難しいんだ。組織の中にいた官僚時代と比べると、政治家は個人だから企画立案能力は当然ながら落ちるよね。
それにスタッフが少ない。勉強会とかもあるけれどでもそれはやっぱり自分のスタッフじゃないわけで。そういうわけで、自分でよほどしっかり勉強しないと、せっかく直接有権者の方から聞いた意見っていうのがね、整理できないことがある。直接意見はきける、けど回りにスタッフがたくさんはいない、という状況なわけだから、よほど自分を律して、しっかりやってかないとわからなくなっちゃう、みたいなところはありますね。だから自分を律していく。全部が全部できるわけじゃないんだから順番といったらおかしいんだけれども、自分の得意分野を着実に掘り下げていく、そして得意分野を増やしていくっていうことが大切だなと思いますね。



話は変わりますが、増原議員は環境問題にも積極的に取り組んでいらっしゃっいますよね?大蔵省出身なんですけども、環境問題に興味を持たれたきっかけはなんですか?


きっかけはね、大蔵省にはいって3年目に経済理論研修なんかをやっているときにローマクラブというところが「成長の限界」っていう本をだしたんですよ。それは資源の有限性を説いた本で。大量生産、大量消費、大量廃棄を指摘して、循環型にもっていかないとおしまいだよ、有限資源だからっていう内容だったんだ。その当時は、環境問題なんて考えてもみなかったんだけどね。 その本をよんで衝撃をうけて。以来環境問題に興味をもったわけ。私達はこの地球で生きていて地球に生かされてるんだという、こういう気持ちね。



では、もしその本に出会わなければ、今の増原議員はなかったかもしれない?


なかったかもしれないですね。その経済理論研修の時に、僕はあまり理論は強くないかもしれないんだけども、同僚がね「宇宙船地球号」的な理論を作ったわけ。
今でこそ「宇宙船地球号」っていう考え方はポピュラーだけども、やっぱりその当時はなかったね。作った第1号かもしれない(笑)



増原議員は、今年の夏に開催された、ヨハネスブルクでの地球環境サミットにも参加されたんですよね?出席されていかがでしたか?


うーん、はじめて地球環境サミットが開かれたのは、10年前だったんだけど、その10年前に問題はすべて提起されていたんだ。で、重要になってくるのが、行動計画、実施計画ということなんですよ。 そこでどのくらいコミットしていけるのか。同じ先進国の中でも意見は分かれるし、先進国と途上国の間でも分かれる。また同じ途上国でも、産油国とそうでない国とでやっぱり違うんだよ。10年前と比べて前進したところもありますね。あるけれども具体的な行動、成果を出すまでにはいたっていない。



なるほど。日本では9年前に環境基本法が制定されましたよね?増原議員はこの環境基本法の制定に携わられたわけですが、どのような思いだったんですか?


そうだね、もともとあった公害対策ってものから「価値の転換」をはかったわけなんですよ。
公害の時は産業が加害者で住民が被害者という構図があったんだけど、今起こっていることはそうじゃないんだよ。
例えば、私達が日常生活で使っている、車やエアコンも、環境問題の一因として捉えることができる。
そう考えると、被害者=加害者であり、加害者=被害者なんだ。
それは私達の大量消費、大量廃棄という今の、この社会経済システムが最大の原因なんだね。だからそこから「価値の転換」を図るんですよ。みんなでやらないとダメじゃないかってね。
だから環境基本法の理念には三つあってね。
一つは「循環」。いかに循環型の社会をつくっていくか。エネルギーもそうなんですよ。
で、循環の次は「共生」。いかに他の生物とうまく生きていくか。
で、それを実現するためには「参加」。
政府がやります、役場がやりますってだけじゃだめなのよ。国民1人1人の参加がいる。そういう意味で「循環」「共生」「参加」これが環境基本法を根っこで支えてる理念なんですよ。そういう意味で規制規制というだけじゃなくて、やっぱり人間の損得感情もきちんと利用しなくちゃね。倫理倫理、道徳道徳といってもしかたがない面がある。たとえば、みなさんの学校なんかでジュース売ってるでしょ?120円くらいで。飲んで、それをきちんと所定のところに捨てたら10円返ってくる。そんなんだったらだれも捨てないよね?捨てたら罰金一万円とか、そんなものは僕はきかないと思うんだ。誰も見てないところで捨てちゃうんだから(笑)
それよりも拾ってきたら10円とか20円とかいうほうがいいでしょう?みんな協力するよ。そういう風に仕組んでいくべきじゃないかと思うんだ。



理念と現実の兼ね合いをどうするか、実行できるかどうかってことですね。


そうですね、それがいわば、政治に課せられた大きな課題ですね。でもやればできるという、そういう気持ちで頑張ろうと思っています。
ただそれは日本だけじゃない。環境問題は地球の問題ですからね。人類全体を悩ます大きな問題なんです。やっぱり地球環境っていうのは、私達が暮らしていく器だから。器を壊してしまってはどうしようもない。その中での私達の経済活動であり生活なんだから。これから世界的に見ても非常に厳しい状況下に生きていく。君達が生きていくんだよ。それをどうするかという目でみながら、日々の生活を生きていくということが大切ですね。



では最後に、これからの時代を生きていく若者へメッセージをお願いします。


そうですね、価値観の多様化もあって、若者はなかなか投票行動をしないんだよね。
みなさんにはどんどんと手をあげて、投票に行って発言をしていって欲しい。それと同時にいろいろ市民の問題、政治もひとつ体験したらどうですか。身近なところからさ、なぜなんだろうっていう疑問を持って、やっていってほしいなぁって思う。
なにか関心を持てるところからいけば、これはこうしないといけないんだといった思いが生まれてくるよ。そういうものに参加することによって議論を深める。そうやっていくと政策の問題になってくるんじゃないかな?これは、少なくともどうしたらいいかとか。そうしたら政治に目覚めざるを得ないと思う。自分の好きなジャンルから関心を深めてほしい。 そうするともう少し政治家を見て、あの人が好きだ嫌いだとかね。そんなことではなくて政策論に入れると思うんだよな。政策論がないとなかなか長続きしない。そういうアプローチの仕方をぜひ持ってほしいな。また1つでも切り口があれば、そういう切り口で候補者を切っていけばいいんだからね。
この人はどうだって感じで。それをぜひお勧めしたいね。



インタビュー後記


今回いろいろお話させていただいた中で、増原議員ならではの考えをたくさんお聞きすることができました。優しい口調でしかし熱く語られるそのお話に惹きこまれ、思わずこれからの日本、地球を想像しました。
とても有意義な時間を過ごすことができました。楽しかったです、本当にありがとうございました。



(インタビュー:2002-12)


1945.6.1 広島県広島市に生まれる。
1961.3 修道高校卒業卒業。
1969 東京大学法学部卒業、大蔵省入省(主として税と予算畑)。横浜市財務局・外務省在イギリス大使館・環境庁へ出向。
1995 大蔵省東海財務局長を退職。
1997 環境経済研究所「ミッション・ジャパン」設立。
2000.6.23 衆議院議員選挙で初当選(広島3区)。
2003 衆議院議員選挙で2期目の当選。
2004 総務大臣政務官に就任。
2005 衆議院議員選挙で3期目の当選。財務金融・環境・経済産業・沖縄北方・青少年問題などの各委員会にて活動。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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