ニュースリリースNews Release

2003/1/1インタビューVol.018 [議会議員] 岩永 ひさか 多摩市議会議員 「政治家はドラえもんじゃない」

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多摩市議会議員

多摩市議会 岩永 ひさか
政党 無所属
選挙区 東京都多摩市
初当選年 2002年
当選回数 3回(市議選3回)
公式サイト

 

(インタビューに行く途中、立て看を見て)これ、このお店、全部380円なのよ!安いよねえ。助かるわ。



ははは(笑)。岩永議員はフツーですね。


・・・(苦笑)。だから、インタビューを掲載してもらうのはうれしいけど、私でいいの?と思います(笑)。



岩永議員は「みんなのちから生かしてGO!」という言葉とともに「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」っていう写真入りの報告書も出してるんですね。


そうそう。でも、あたし、写真写り悪くて・・・。



いやいや、そんなことないですよ。HPの写真とかも素敵でしたよ。


それはOLのときに撮ったから(笑)。政治家になるとストレスがたまってストレスがたまって、お肌が(笑)。たまたま写真スタジオが就職活動をしたときから写真を撮ってもらっているところなのですが、「あなた、学生の頃からみるとずいぶん表情が変わってるわよ!」なんて言われてしまいました(笑)。



ははは(笑)。で、その報告書ですが、かなり頻繁に出してらっしゃるじゃないですか。どうして力を入れてらっしゃるんですか?


そうですね、いま、市民参加が叫ばれているじゃないですか。もう、行政の施策を見てもどこにでも市民参加、市民参加と書いてあります。私なんて、「市民だってそんなにヒマじゃないのよ!」なんて言いたくなってしまうくらい(笑)。でも、市民参加はやはり重要なんですね。市民に参加してもらうためには、情報公開・情報共有が大事。
で、行政にそれを求めるけど、私が情報公開しないのはおかしいじゃないですか?
まず私自身がオープンにしなくては始まらないと思いました。自分自身がしっかり足元を見つめて市民のみなさんに関わっていきたいという思いから、報告書はしっかりと出すようにしています。



選挙前に急に報告をし出す方も多くいるようですが・・・・。


私は政治家になるために地域の活動をしているわけではないですからね。だから、高校のときの名簿を探してそれで電話をかけて・・・なんていうことをやるのがとても嫌ですね。補欠選挙の時にはやらされた・・・って感じで。
票っていうのはとるものじゃなくて、ちゃんと地域で活動していれば、あとからついてくるものだと思っていますから。それをちゃんとしているのに当選できないとしたら、やりかたがまずいんだと思うから、自分自身の反省材料に出来ていいと思います。
政治家になって4年間あるんですよ?その間、きちんと報告をして、毎日5人にお話をしていれば、4年間でどれだけの数になるか・・・・。
そういう市民との架け橋になる政治家であり続けたいと思います。



プロフィールのほうを拝見して思ったのが、ほかの議員さんって、学生時代とか華々しい過去があるじゃないですか。それなのに、岩永議員は普通の大学生、普通のOLから政治家になってるじゃないですか。


そうですね。活発ではありましたが、生徒会だとか政治そういうことはやっていませんでしたね。高校時代は演劇など部活を思いっきりやってました。



多摩生活者ネットに入られたのはどういう経緯ですか?


大学のときの先生が多摩生活者ネットを知っていて。で、ネットが若者に対して政策ゼミをやったりだとかしていて、それでゼミに告知に来たのが始まりですね。
最初は政党だと思っていなくて、ボランティア活動や地域活動をやっていると思っていました。ゼミで紹介されるということは先生も応援してるって思って。OLになってたまたまネット主催の講演会に行ったのがきっかけです。現在は都議の新井さんに「勉強になるからぜひ入らない!」なんて言われて。なんだか勢いで入会しました。その後・・・新井さんの都議選挙が始まりました。そこで初めて「きゃーここって政党なのねえ・・・。」って思いました。
すっごいびっくりしましたね(笑)。大学の専攻は政治学でしたが、実際の政治活動にはほとんど関わっていませんでしたので。最初はそういった地域活動や政治に対して、ほかにもいっぱい楽しいことあるのになんで?って思ってました。ボランティアって言葉そのものが嫌いだったし。
大学とかで環境問題にうるさい人に限って、道端に落ちているごみを拾っているのを見たことがなかったし。でも、市民活動をし始めると、それがすっごい楽しくなりました。意義があるとも思いましたし。
土日も映画やショッピングだったのが市民のみなさんと会議をしたりとか、地域の活動をするようになってましたね。
市民活動のきっかけは私自身の「田舎」探しから始まっています。
自分がこれからどこに根をはって暮らしていくのかしら?って思った時、周りに全然知り合いもいなかったので。だから人と出会いたいなあという思いが強かったです。で、そんなときに市長が逮捕されて、そこでネットの方に立候補してみないかって誘われたんです。まだ24歳だったんですが。



そういうかたちで立候補することになったんですね。


いままでの上司に相談したら、必死に止められるかと思ったんですが、「君はそっちのほうが向いているかもしれない」ですって(笑)。「力いっぱい応援するから!」なんて熱いこと言ってくれたりして(笑)。で、そのあとにSTATESMANの存在も知って、支援していただきました。



立候補するときは、これから政治の世界で頑張る!という気持ちだったんですか?


いえ、あまり政治家を天職として上を目指すという感じではないですね。都議会議員とか国会議員とかステップアップを狙う人もいますけど、私はそういうつもりはまったくなくて。 なぜかというと、私は政治家とか議員って、いろんな人がなった方がいいと思うんです。
70歳で新人の議員もいていい(笑)。すごい面白いと思う。
私がいま、25歳で政治家になる自分の意義って、やっぱり20代の議員が出たっていうところに意義を感じるんです。20代の議員も生まれてほしいですが、多くの世代の代弁者が出て、議論をするのが大事だと思いますから、自分が年を重ねてもずーっと政治家をやっていくというイメージはなかったですね。



就職活動はどうだったんでしょうか?


最初はマスコミ、なかでもビデオジャーナリストになりたいと思いました。差別とか人権無視とかそういうのが大嫌いで。在日韓国・朝鮮人の方の声とかそういう方の声を社会に出したいと思っていました。
でも、マスコミを目指そうと思ったときに、多くの人に問題を伝えることはどういうことかを真剣に考えさせられまして。
もし、まったく差別が存在することも知らない人に問題を知らせて、その結果、差別が起こってしまうこともあるのではないか、なんて悩んでしまったんですね。
いろいろ悩んだ結果、自分の身近の差別を受けている方を地道に助けていくほうがいいと思いました。変に在日韓国・朝鮮人の方などの問題だけにこだわるのではなく、ハンディのある人とか子どもとか・・・いわゆる社会的弱者って呼ばれる人はたくさんいるので。
マスコミのように広範囲に伝えるのではなくて、社会に訴えるのでも、自分のとなりの人に心を込めてお伝えするとか。



ぼくも在日韓国・朝鮮人の方に対する差別などは大嫌いです。とても共感します。


就職活動のときは本当にいろいろと考えましたね。なんで女の人は大学に行くんだろうって考えたこともありました。OLになったときに、男の人のなかには女は家で主婦をやるくせになんで大学に行くんだ、なんて考えの人もいることを知りました。で、自分に置き換えてみて、なんで私は大学に行ったのかな、と考えると別に勉強するためだけに行ったわけじゃないんですね。女性も男性と同様に社会参加するためだ、と思ったんです。
たとえば主婦になったとしても、女性も男性と同じように考える素材や社会との接点を持つために大学に行く。旦那さんが悩んだときにいっしょに考えられるように、そのために大学に行く。そういう考え方になったんです。だから、専業主婦になってもいいかな、とも思いました。いまでも主婦になってもいいと思っていますよ。元・議員の主婦(笑)。
何も会社に行くことが社会貢献ではないと思いますし、女性はもっとそういう価値観をしっかり持ったほうがいいですね。主婦になってしまったら社会に役に立ってないとか、社会との接点がなくなってしまうと考えるほうがおかしいと思いますね。
OLのときは会社にいながら地域活動もやっていたのですが、会社以外の社会の関わり方もあるんだぞ、そして、私のやっている会社以外での地域の活動はこんなに楽しいんだぞ、ということを発信したくて、活動をしていましたね。自分の土日ライフを会社では同僚によく話していました。
活動をしている意味も楽しさも知らない人もいっぱいいると思ってましたから。そして、その活動を一人一人伝えていましたね。



いまの議員の活動に近いですね。


そうなんです!だから、私は議員になっても普通の女性であることを大切にしてるんです。
私を見て、政治や社会の活動に興味を持って、自分もできるかしら、と思ってくれることをとても大切にしています。私がやっていれば敷居が低いように見えるでしょ?(笑)
100人に話をするよりも一人に話をしたほうが効果的だと思いますし。



そうですね、岩永議員がとても身近でやってみようかと思いますね。


威厳が大切だと考える方も多いようですが、議員だからって偉いという訳じゃないですからね。
これを見てください。(奥から緑色の衣装を持ってくる)



これ、なんですか?


これ、河童の衣装なんです。レオタードなんですけど。この手ぬぐいを頭に巻いて。これ着て今度劇やるんです。



も、もっと政治家なんだから仕事を選んだほうが・・・・。


いえ、こういうことをやるのが本当の市民じゃないですか。こんなの着てしまって、周りの人を楽しませたりして。議員だからこんなのできない、なんて言わないで、ほかの市民の方がやるのなら私もやる!ということでいままでと違う議員像を出していきたいなあ、と思っています。むしろ、他の人はやらないけれど率先してやってしまうこともありますね(笑)。



なるほど・・・・。違った意味の議員像というとほかにもありますか?


駅前に立ったとき言うんです。何でもお願いされても困るって。私はドラえもんじゃないんです。私には見てのとおり力もありません。だからみなさんに逆にお願いしたいって。議員も精一杯やるかわりに、市民の方もいっしょに考えてもらう。そういういっしょに活動する議員像を創ってやりたいと思いますね。



だから、市民の方に媚びてないんですね。


媚びれたらどんなにいいかと思いますが(笑)。



岩永議員は日本や地域をどう変えていきたいと考えてらっしゃいますか?


さきほども言いましたけど、やっぱり市民参加が一番ですね。これからのまちづくりは市民参加が重要です。行政自身も市民に問いたいと思っていますしね。
もう、いままでのように行政が便利だろうと思って施設をつくっても市民のニーズに応えられないことが多いんです。だから何かをつくるとき、かならず市民参加を意識しています。市民だって忙しいのよ、って言いたいくらいですけど(笑)、市民が何を必要にしているか的確につかんでいかなくてはいけないと思っています。そういった市民との架け橋になる活動はいままで私がやってきた活動に通じるところがありますから、それに関連して自治条例を作っていくとか、NPOを創る人をバックアップしたりとか、自分が議員としてできることをやっていきたいと思います。



インタビュー後記


多摩市で最年少当選の女性議員ということで、どんな方だろうと思っていたのですが、会ってそのぼくらと同じ視点で活動なさっている姿や、自然な飾らない姿に驚きました。多摩市に住んでいる市民としての視点そのままに政治家をなさっている姿に、ほんとうの政治家の姿を見た気がしました。



(インタビュー:2003-01)


1977 兵庫県神戸市に生まれる。4歳から3年間は札幌市で暮らす。8歳で多摩市諏訪に転居。
1985 多摩市立北諏訪小学校転入。
1989.4 桐朋女子中学校入学。
1992.3 桐朋女子中学校卒業。
1992.4 桐朋女子高校(普通科)入学。
1995.3 桐朋女子高校(普通科)卒業。
1995.4 中央大学法学部政治学科入学。
1999.3 中央大学法学部政治学科卒業。
1999.4 中小企業金融公庫入庫(営業事務補助)。
2002.4 多摩市補欠選挙にて当選。
2003.4 多摩市補欠選挙にて2期目の当選。
2004.4 明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科入学。
2006.3 明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科卒業。
2007.4 多摩市補欠選挙にて3期目の当選。現在多摩市議会議員建設環境常任委員会と未利用地等対策特別委員会に所属。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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