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2003/6/1インタビューVol.023 [議会議員] 福島 しんじ 大阪市議会議員 「前例を打ち破ることをオレたちの前例にしよう!」

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大阪市議会議員

大阪市議会 福島 しんじ
政党 無所属
選挙区 大阪府大阪市
初当選年 2003年
当選回数 1回(市議選1回)
公式サイト

 

よろしくお願いします。まず初当選おめでとうございます。


ありがとうございます。



どのような選挙活動をされたんですか?


9日間の選挙期間中は朝から晩まで走り続けていましたね。
朝の7時半から駅に立ち、その後自転車で走り周り、人が集まっていればどこでも演説をする。
スーパーの前とか公園とか、マンションとかで。
そして夜になるとまた駅に立つ。
選挙期間中は一に体力、二に体力、三に体力でした。
体力はあるほうですが、僕は選挙期間に突入する前に、すでに体力を使い果たしていました。
その結果、選挙期間中は毎朝1本点滴を打ちながら活動していました。
ドーピングにひっかかるぐらい。
僕が政治活動を始めたのは去年の12月の終わりごろだったんだけど、それから4月までに配ったビラの総数は10万枚を超えます。
選挙が始まる前日も夜の12時までビラを配っていました。
選挙期間の街頭や宣伝カーが目立ちますが、実はそれ以前の地道な活動(ポスティング、街頭、後援会活動etc)が選挙結果を決めます。
選挙期間中は法律で定められていることしかできないので、それまでにいかに種をまいておくかが重要なんです。
選挙期間中はそのまいた種をいかに咲かせるかの「まつり」です。



そんな極限状態の中の選挙全般を振り返って一番強く感じたことは何ですか?


それはやはり人のつながり、人のありがたみですね。
ボランティアで手伝ってくださったたくさんの方々、そして駅で立っている時やビラを配っている時にあたたかい言葉をかけてくださった見知らぬ人々。
人のつながりやありがたさを強く感じました。それが政治の基本ですが。



やはり当選された時の喜びはひとしおでしたか?


僕の場合、全ての力を使いきって、正直もう喜ぶ力も残っていませんでした。
真っ白に燃え尽きた「あしたのジョー」状態でしたね。
ただ静かな達成感だけがあり、それと同時に市民に対する責任の重さというのを感じました。
確かに当選すれば嬉しいし、落選すれば悲しいけれど、本当に最大限できる限りのことはやり尽くした状態だったから、例え望まない結果だったとしても後悔は無かったですね。
だから静かな充実感でした。
自分がひとつの目的に向かって限界までやったなら、たとえいい結果が出なくてもその結果に替えがたい何かが残るはずです。
僕は「努力は必ず報われる」という言葉に偽りはないと思っています。
ただ、努力が必ずしも自分が望む形で報われるとは限らない。
たとえば東大に入りたくてすべてを投げ打って最大限努力してもダメな時はある。でもその勉強したことは他の大学でも役に立つし、何よりも全身全霊をかけてひとつのことに打ち込んだというのは何にも替えがたい人生の経験になるはずです。



なるほど。では福島議員はなぜ政治家になろうと思われたんですか?


僕はアメリカ、ヨーロッパへの留学、国際機関での勤務と、6年間海外で生活していたんですが、「親元を離れて初めて親のありがたみがわかる」というのと同じように、日本を離れ海外で長く生活してみて初めて日本の良さがわかったんです。
しかし、それと同時にその日本のいい部分というのが失われつつあるというのも感じました。



その日本のいい部分とは?


その良さとは義理、人情、誇り、信頼関係といった日本人のそういった部分です。
デジタルでドライな時代だからこそ、アナログでウェットな関係が大切だと思います。
国際人を目指していた私でしたが、「真の国際人」とは確固たる自分の芯を持っている人間だと実感しました。つまり国際人になるには何ヶ国語も話せることも重要ですが、それ以上に自らの原点を確立していなければならない。
そうして自分の原点を問い続けた結果、それは日本であり、大阪であり、自分が生まれ育った天王寺区であった。
だからその原点をまずしっかり確立しようと思い、大阪市議選に立候補しました。
かつて、マザーテレサは「恵まれない人々のために、あなた(マザーテレサ)と一緒に世界をまわり、お手伝いしたい」と彼女に言った若い女性にこう言うました。
「まず、あなたの家族で、近所で、まちで、国で、恵まれない人々のために尽くしてください」と。
何かをしようとする時、まず自分の身近なことに目を向けなければならないんです。
原点とは家族や出身地や母校や母国ですね。



では、その先の夢というのをお聞きしたいのですが。


僕は「夢」は描きません。
「夢」という言葉を使いたくないんです。
「夢」って言った時点で「夢」で終わりそうだから。
子どもが将来「パイロットになりたい」とか「プロレスラーになりたい」というのはオッケーだと思うんです。だけど、大人っていうのは、言った瞬間にそれに向かって何かをしなければならない責任が発生すると思うんです。
例えば国連にいきたいと言ったら、今もうそれに向かって勉強している状態でないといけない。
先のことを考えるよりも、今自分は何をすべきか、自分の使命は何か。
毎日、自分は何をすべきかを考え、精一杯やることが大事で、結果的にそのことが将来の道にもつながっていくのだと思います。
今、今、今のくり返しなんです。
だから僕の今は、自分の原点を確立すること。
つまり大阪の天王寺で市議会議員として自分の使命を全うすることなんです。
それをなし遂げた時に自然と次に何をすべきかがわかると思うんです。



お話を伺っていると、海外での経験が今の福島議員に与えている影響力の強さを感じるのですが、どうして海外に行こうと思われたのですか?


具体的に海外に行きたいと考えるようになったのは、予備校時代かな。
高校時代は全然勉強しなかったんで、英語も補習レギュラーメンバー。
その頃はマハラジャブームで、パーティばかりしていました。
でも高校卒業後、全ての大学に落ちて予備校に通い、勉強して初めて、「勉強っておもしろいなぁ」と感じるようになったんです。
その後いったんは日本の大学に入ったんですけど、日本の大学ってやっぱりあまり勉強をしなくてもいいところで何とか卒業もできる。
勉強に興味を持ち始めた自分にとってベストな場所ではないと思い、3ヶ月で大学をやめて留学を決めました。勉強なんて自分のやる気次第っていうのもあるけれど、やっぱりまわりの環境って大事だからどうせお金と時間を使うなら最高の環境でやりたいと思ったんです。
その後の2年間は全ての留学資金を稼ぐため、必死でアルバイトをしました。
ちょうど両親が離婚した時だったので、自分でお金を貯めるしかなかったんです。
アメリカの大学はやっぱり勉強しないと全然ついていけない場所でした。
外国人だけでなく、アメリカ人も勉強しないとついていけない。卒業するためにかなり勉強しましたね。
図書館と教室とカフェテリアとトイレだけという狭い行動範囲でした。もちろん、たまにパーティーはしましたが(笑)



福島議員は、私たちくらいの年頃から常に目的をもって日々を過ごされていたというのを感じるのですが、日々の生活になかなか目的を見出せない若者が増えているという今の状況をどう思われますか?


月並みですが、多くの若い人にはチャレンジ精神、ハングリー精神が欠けてきていると思います。原因はやっぱり「満たされすぎ」なのかな。
しかし物質と金では満たされていても、精神的には満たされていない。
親が甘やかしているというのもあるだろうし、自分自身で甘やかしているというのもあると思います。
もっとチャレンジせざるをえない状況に自分を置くべきですね。
じゃあなぜチャレンジするかといえば目的があるから。そして目的を作ろうと思ったら、大志や野心が必要ですね。
目的が設定できればそれに向けてがむしゃらな努力をする。例えその目的が達成できなくても、結果的に自分が磨かれると思う。
最近はそういった覇気がある人が少ないですね。
日本人の若者は無難思考な人が多い気がします。
いい悪いは別としても多くの欧米人は自己主張し、行動します。だからリスクを背負うことになって戦う場所に自分を置くことになる。そうすることで成長する。
世界的な基準からみて日本の若者にはそういう人が少ない気がします。



ではそんな日本の若者へのメッセージをお願いします。


まあ僕もまだまだ若いんだけどね(笑)。
ひとことで言うと「前例を打ち破ることを前例にしよう」ということです。
キーワードは挑戦ですね。
自分でものを言って行動することで、自分に責任が生まれ、プレッシャーがかかってくる。そうするとそれを乗り越えるためのやりがいが生まれるし成長できる。行動第一です。
とは言いつつ僕も正直、選挙に出る時には凄く悩みました。時間はかかるしお金もかかる。
そして当選できるかどうか不安だったし。何と言ってもこの天王寺選挙区は2人の定数を36年間同じ人たちが先代からずっと務めてきていた保守的なところだったんです。だから下馬評では、僕の勝つ見込みは0%で、100人中100人が無理だといいました。
でも僕は「原点である自らの生まれ育ったまちのために働きたい」という思いで、活動を続けました。
いざスタートしてしまうと迷いはありませんでした。
たまたま結果として当選させていただきましたが、当選した理由なんて正確に説明できません。
ただ過去のデータとか、前例とかを覆す、計りしれない力が存在するのだと感じました。
それなのに動く前にウジウジ考え、自ら自分の可能性を潰してしまっている人が多いように思います。
したい!だからやる!考える前にまず行動に移すべき。
そうすれば意外とできるものなんです。例えできなくても自分が最大限努力したんだから必ず得るものがある。次に活かすことができる。取り返しのつかない失敗なんて人生でそんなにない。
合コンで言えば、「一番かわいい子は無理だから2番か3番の子にしようか」でなく、自分が一番いいと思う子に全力でうちこむ。
「1番狙ってダメならしゃあない」みたいな感じで。
ダメだったら「ほな2番目いこか」みたいな。
でもまあその時には2番の子はもう他のやつにとられてるんやけどね(笑)。



では最後に福島議員にとってのジャパンプロデュースとはなんですか?


個人がそれぞれの今の役割をしっかりとやることだと思います。
それがジャパンプロデュースにつながっていく。
ジャパンプロデュースっていうのは究極の長期的ビジョンだと思うんですけど、それは個々人の短期的な努力の積み重ねでしか達成はありえません。
人が活性化しないのに、その社会が活性化するわけがないですからね。
自分の原点を確立していない人間がジャパンプロデュースなんていきなりは無理です。まずジャパンプロデュースの前にセルフエスタブリッシュメントですね。
挑戦・・・それは限りない勇気と犠牲を要求します。不可能そうにみえることでもしなければならない時、そこから変化への兆しがうまれます。変わるのはいつも変わることを恐れない気持ちから。
そう、前例を打ち破ることをオレたちの前例にしよう!



インタビュー後記


福島議員はほんと気さくな方で、根っからの大阪人という感じの方でした。しかしそんな福島議員からインタビュー中に一番感じたものは「眼の力強さ」です。
行動する男、福島しんじ。そんな彼の今後には要注目です!



(インタビュー:2003-06)


1970.4.11 大阪市天王寺区夕陽丘に生まれる。
1983.3 大江小学校卒業。
1986.3 天王寺中学校卒業。
1989.3 上宮高校卒業。
1996 ウィスコンシン州立大学(アメリカ)政治学学士卒業。
1997 欧州連合(EU)代表部(ワシントンDC)広報局研修員。
1998 欧州連合(EU)本部(ブリュッセル)対外関係局研修員。
1998 ルンド大学大学院(スウェーデン)政治学修士卒業。
2000 江田憲司(衆議院議員候補、現・衆議院議員)秘書。
2002 ユニバーサルスタジオの関連会社で、営業マン、通訳。
2003 大阪市会議員初当選。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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