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2003/10/7インタビューVol.033 [議会議員] 塩見 幸治 尼崎市議会議員 「住民に考える機会を与えるのが私の仕事だと思っています」

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尼崎市議会議員

社民党 塩見 幸治
政党 社民党
選挙区 兵庫県尼崎市
初当選年 1987年
当選回数 6回(市議選6回)

 

本日はよろしくお願いします。


よろしくお願いします。



市役所職員だった塩見議員が議員になったきっかけを教えてください。


きっかけは、単純でしたよ。
尼崎市役所労働組合出身の議員がもともとおられたんです。
その方が引退なさるということで誰か後任をださなければならないとなり、周りから「出てくれ」ということになり、それで出馬したんです。



なぜ、塩見議員に白羽の矢が立ったのですか?


それは、自分ではわからないなぁ(笑)
~しばし、考え込む~
要請があったのは33歳で実際に出馬したのは36歳。
あえて言うなら、若かったからじゃないかな。体力も必要だし(笑)



もともとは要請があっての出馬ということでしたが、では選挙の時はどのような政策を掲げて臨んだのですか?


率直に言って「選挙に出よう!」と言う時に「こんなことやってやるぞ!」というストレートな動機はなかったですね。
今から20年近く前は今ともだいぶ時代が違っていました。
当時の若者の政治意識は、今のように多様な価値観があるわけではなく、実際には例えば自民党系、社会党系、とか所属する組織の中で活動をすることが比較的多かったんです。労働組合に青年部があったりね。
そのようなまとまりで目標(政策)を持って活動していたから、私自身も私個人でこうしたい!というよりは尼崎全体の運動の中で私がどういう役割が果たせるだろうかという意識ほうが強かったんですね。
だから個人の政策というより「組織の中でがんばるんや!」という感じのスタートでした。



しかし選挙の際には具体的な政策を述べる機会が必ずありますよね?


そうなんだよ。普通は出馬を決める前に考えることなんだろうけど、私の場合そのような経緯で出馬を決めたから、出馬を決めた後に『議員として何をすべきやろ?』と自分自身に日々問い掛けました。



具体的にはどのようなことを訴えたんですか?


『地域自治』です。
これは今も一貫して私が掲げている政策です。
地方分権とか地方自治というのはよく言われますが、単純にいえば市のひとつの地域においてその地域を自分たちできちっと治めていくという話です。
行政というのは当時も今も縦割りなんです。例えば市役所の中には、ゴミを収集している課、道路を建設する課、教育を進める課などある。
ところが、そこから地域に仕事が来るとどうなるのかというと、地域にいる人は溝掃除もしなきゃいけないし、近所に高齢者がいればボランティア活動、学校教育もPTAもその地域に住む住民が毎回同じメンバーでする。様々な問題について関わろうとしたらそれらは全て『地域』組織が関わってくるんですね。
しかし行政の窓口は、道路なら道路のこと、学校なら学校の事しか言わない。地域には様々な窓口からの要請や決め事がその都度バラバラで入ってくる。それではなにをするにも非常にやりにくい。
だから私は行政が地域の様々な問題に対し横断的に対応できる窓口があれば、もっとスムーズになるのではないかということを掲げていました。



地域の管理、コーディネートをする機能を行政が持つべき、ということですね。


そうです。最初は行政から派遣されたスタッフが手助けをし地域自治を進めていきます。ノウハウを伝授していくというイメージです。
そうすればゆくゆくは自分たちだけで物事を進めていく自治機能が自然と発達していくんです。
地域自治が進めば、地域によって様々な個性がでてきます。A地区は高齢者が多いから福祉施設に力を入れよう、B地区は商店が多いから街の美化に力を入れようとか。住民が自ら自分たちの住みよい街を作る事ができるようになります。



現在、尼崎で地域自治は実現されているのでしょうか?


まだまだですね。しかしところどころで芽は出つつあります。
環境や福祉を考えるNPOや住民グループが生まれています。
私自身も、川の美化運動を始めたり、子育て支援のNPOに関わっています。
行政や住民が動かなければ、自分で動いて地域自治の芽を出していけばいんです。
川の美化運動を始める、福祉ボランティアを作るということで住民に考える機会を提供していくのが私の仕事だと思っています。



思うようにことが進まない中で、政策を訴えつづけることはしんどくはなかったですか?


いや、それが議員の職業であり、街を良くしていくことで報酬をもらっているんだからしんどいとは思いません。
このような仕事も必要ですよね。誰かがやらなきゃいけない。だから私がやるんです。



なんかかっこいいですね。議員の仕事以外でもNPOやボランティアをされておられますが、さらに今年には会社も設立されましたよね?


はい、会社というか創作料理店をオープンしました。
前々から、有機栽培の食品などに興味があり、個人的に有機栽培の野菜を共同購入したりはしていたんです。
遺伝子組み替え食品の問題や、ファーストフード、コンビニなど流行る中で食文化の大切さを感じていました。
食事というのは毎日のものだし、何を食べるかというのはやはり大事でしょ。そんなことを考えている中、昨年、ある調理師の方と出会いました。
例えば、サラリーマンに手作りのお弁当を持っていってほしい、しかし家庭で作るのは難しい場合も多い。
それならそういうものを提供できるお店を作ったらいいじゃないかという話になり、お店をオープンするに至りました。
このお店が地域の新しい食文化の発信地になればいいなと思って。



では、商売をするためというよりも、食文化の見直しをするために、会社を作りお店をオープンしたということですか?


そうです。さきほどの川掃除の話と同じで、このお店を開くことで食について考えるきっかけを作りたいということを考えたんです。 そういう思いを持った人間が複数集まっているのだから、調理師の個人経営のお店というより何らかの組織形態にしたいなと思いました。
別にNPOでも有限会社でもその形態は何でも良かったんですが、採算ベースに乗らなければ上手くいくものもいかなくなるということで有限会社にしました。
わたしもその共同出資者のひとりという感じです。
ちなみに商売といっても私自身は無給。オープンしたてでまだ採算があわないという理由もありますが(笑)
今後も給料をもらうつもりはあまりないんですよ。給料が払えるくらい軌道に乗ったなら今度はお店だけでなくデリバリーなども始めたいですしね。



議員を5期務めて、さらに会社を設立なされましたが、議員についての『職業観』について何か変わりましたか?


あまりないかもしれません。
もともと私は議員をする中で、議会内で政策提言ををして、議論をしてということへのこだわりがないんですよ。どちらかというと地域でいろんな事をする、動き回る、というほうが好きなんです。議員でなくてもできることなんですけどそういうことのほうが好きなんです。
これはみなさんの考える「政治家」「議員」のイメージと異なるかもしれません。自分でも政治家という肩書きには違和感がありますよ。政治家というより『何でも屋』『便利屋』という肩書きのほうがしっくりくるね(笑)
議員を辞めたとしたら「便利屋、お困りごと支援隊」みたいな仕事をつくろうかななんて思ってます(笑)



議員を辞めたらというお話がありましたが、よりよい街を創っていくことは議員でなくてもできるという価値観が生まれたりしているということでしょうか?


議員でなければ出来ないことというのはあまりないんじゃないかな。
議会に来て、議決権を持っているということがまず議員にしか出来ないことだよね。そのことももちろん大事なことなんだけど、大きな意味で尼崎の市民なり、いろんな人がどう考えるかによって、議会だって左右されると私は思っています。
尼崎市民の地域のベースの考えが変わってくれば、議員と市民のキャッチボールをする中でおのずと議員の考えも変わるわけですからね。
この時代、何をしなければならないかということを考えると、今私のしている議員の活動自体よりもそれに付属した議員以外の活動(NPO、地域グループ、そして食文化を変える料理店)のほうが比重が高いのではないか、と思うようにはなりました。
目的は1つでも、いろんな角度からそれは達成する事が可能なんですよね。そう思います。



では、塩見議員にとってジャパンプロデュース・尼崎プロデュースとはどんなことですか?


ひとことで言えば、『近松人情の街』をつくるということです。 もともと尼崎は工場の多いところで下町っぽいんです。隣近所で「こんなのつくったんだけど、あげるわ」とおかずを交換する、そういう雰囲気の街なんです。 それを大切にできる街であってほしいなと思います。人情のある街の雰囲気というのは放っておいたらどんどん希薄になるんです。地域自治もそういう街のベースとなる雰囲気がないとうまくいかないので、そういう雰囲気はずっと残していきたいですね。



最後に、若者へのメッセージをお願いします。


いろんなものを見ることができて、深く考えられる能力を身に付けてほしいです。
見た結果の結論は出せなくてもいいと思うし、分からなくていいと思います。ただ深く考える能力をつけてほしいなと。
これは意識をしないと身につかないと思っています。物事というのは1つの結論に達するまでに色々な主因誘引がありインパクトがあります。
そのプロセスをいかに深く考える事ができるかということが大切だと思います。1つの事態を考えるのにもいろんな角度からみてほしいですね。



(インタビュー:2002-10)


1951.3.8 兵庫県尼崎市常光寺に生まれる。
1963.3 尼崎市立名和小学校卒業。
1966.3 尼崎市立大成中学校卒業。
1969.3 兵庫県立尼崎北高等学校卒業。
1969.4 関西学院大学法学部入学。
1973.3 関西学院大学法学部卒業。
1973.4 尼崎市役所(教育委員会総務課、学事課、経理課、公民館)に勤務。
1986.6 尼崎市役所退職。
1987.4 尼崎市議会議員に初当選。
1999.6 尼崎市議会副議長に就任。
2001.6 尼崎市議会議員に5期目の当選。
2003.7 有限会社設立。
2005.6 尼崎市議会議員に6期目の当選。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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