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2003/11/1インタビューVol.035 [議会議員] ビアンキ・アンソニー 犬山市議会議員 「議員も市民も同じ。だから、みんなの思ってることを実現できる」

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犬山市議会議員

犬山市議会 ビアンキ・アンソニー
政党 無所属
選挙区 愛知県犬山市
初当選年 2002年
当選回数 2回(市議選2回)
公式サイト

 

ビアンキ議員はニューヨーク大学時代に何を考えて、何をしていましたか?


大学時代は、とにかく映画製作がしたかったのですね。
だから他の勉強をそっちのけにして映画の勉強にのめり込んでいました。映画を作っている間はそのことに没頭しているので、他のことが見えないんですよ。
でもそこに集中してやっていることで自分はすごく楽しかったんです。
たとえば今、議員という仕事をしていますが、実は映画製作の経験が今も役に立っているのですね。
議会の一般質問を作るのと映画のシナリオを作るのって、全然違うものなんですけど、レイアウトを考えたり、いろんな構想をつくるという作業が似ているんですよ。
だから今振り返ってみると映画の経験も議員の仕事とすごく密接につながっていると思うので、無駄なこととは思いません。むしろ色んな経験を大学時代にする事で、いつかその経験が生きてくる時が必ず来ると思うし、そう信じています。



映画製作から一転してニューヨーク市役所に勤めることになったのは何故ですか?


私は当時、あるテレビ番組の製作に携わっていました。
そうしたら働いていた番組製作会社の仕事がなくなってしまって。突然です。
日本の場合はどうか解りませんが、アメリカだとテレビ番組は普通、テレビ局が作るのではなくて、局と契約している製作会社がつくるんです。
私達の作っていた番組はトップ10に入るくらい人気があり、長年続いた番組だったので次の年もきっと継続するものであろうと思っていた矢先に突然番組が打ち切られてしまったのです。
仕事がなくなって路頭にさまよっていた時に、偶然ニューヨーク市役所に務めていた勤めていた友人に紹介されて、フルタイムではなくパートタイムジョブとしてニューヨーク市役所に入りました。
そこで広報や職員達のスケジュールを立てたり段取りを組んだりしていました。ここでも結構映画製作の経験が役立ちました。



どうして日本に来る事になったのですか?


私はもともと日本に興味があり、特に映画に関わる仕事をしていた時も黒澤明監督の作品が好きだったんです。
ある時、ハリウッドで仕事をしていた時に、自分のライフスタイルと違うイメージを受けたんですね。
私は映画製作自体が好きだったんですが、ハリウッドの映画製作現場では出世とか有名になりたいというようなことばかり考えている人もいて、自分には合わないと感じて一時期悩んでいたんですね。
そんなときに、日本の文化、禅というものに触れる機会があり、それがきっかけで日本に興味を抱くようになりました。
武道、空手などもこの時に始め、そこの師匠から「一期一会」という言葉を教えてもらったことが印象深いですね。
その後、ある日本のNPOがホームステイを企画していて、丁度いい機会だと思い、日本にやってくるチャンスを得ました。
一宮に住む日本人の家庭に二週間弱ホームステイをしましたね。
その時には、まさか自分が日本の政治家になるとは夢にも思いませんでしたよ。
その後、日本に縁を感じて、日本に関る仕事がしたかったのでアメリカで外交官の試験を受けて、一次試験は受かったんですが。まあ自分には合わなかったのかもね。



ニューヨークと犬山の市役所の違いは何でしょうか?


まず規模が全然違いますよ。ニューヨークは800万人近い人がいるでしょ?
犬山市とは比べられませんよ。
ただ内部の機構とか、官僚支配であるとか、そういうしがらみは一緒ですね。
でも政治への関わり方が日本人とアメリカ人ではスタンスが違いますよ。アメリカでは徹底した市民社会が根付いているので、自分達が何か動きを起こさなければという意識が強いように思います。
日本の若い人達ももっと積極的にぶつかってきてほしいです。



ビアンキ議員は選挙活動として、個人演説会はおこなわず、毎晩自宅兼事務所で「寄り合い」を開催したそうですね。こうしたスタイルの選挙活動は非常に珍しいですが、不安はなかったのですか?


不安はありました。でも自分のポリシーは曲げたくありませんでしたから。
例えば、団地の中で大声でスピーカーで演説するなんて、とんでもないですよ。
病気で寝ている人も入るだろうし、子供が嫌がるでしょう?他の人はいいんですよ。それで。
でも、私はそういうのは嫌だった。
市民が本当に望んでいることをしたかったし、中身で判断して欲しいとも思いました。
パフォーマンス政治って、嫌なイメージで言われていますが、私はパフォーマンスをしてもいいと思います。
中身のあるパフォーマンスであれば。結局、何ができるのかですよ。
できないことを公約で言う人がいますが市会議員に税金を減らすことができますか?北朝鮮問題を解決できますか?もちろんそういうことを考えなければいけませんが、私達にできることを言わないと。
犬山でできることを提案しないと意味がないです。



日本の政治についてどう思いますか?


まだまだ地方分権とか言いながら進んでいません。中央集権の政治がいまだに続いています。
議会もつまらないし、見えない中で政治が行われています。これでは若い人の政治離れが進んでもしょうがないですね。全く遠い世界の話なんですから。



ビアンキ議員にとってのJapan Produceとは何ですか?


政治が市民にとってもっと身近なものになるようにしていきたいということです。
それが大きな広がりとなって、日本を変える力の源になるのではないでしょうか?
私は君たちのような人がもっと出てきてほしいと願っていますし、私が引退した時にみんな私の教え子だったなんてことになったら最高ですね。



インタビュー後記


「議員も市民も同じ。私もみなさんも感じ方は同じなんです。だから犬山のみんなの思ってることを実現できるのだと思います。」ビアンキ議員のこの言葉がとても印象的でした。
私たちは、日々の生活の中で「これって、おかしいんじゃない?」と思うことを「まあ、でも、当たり前のことになっちゃってるもんな。」と諦めていませんか。
ここであきらめるのではなく「変えよう!」と行動を起こせば、たとえ実績がなくても、お金がなくても、ひとはついてくるのです。
「当たり前になりすぎて諦めていたことを変える。」そんなビアンキ議員の姿にこれからのJapan Producerのひとつのありかたを見たように思います。



(インタビュー:2002-11)


1958.8.26アメリカ合衆国ニューヨーク市に生まれる。
1980ニューヨーク大学(映画制作専攻)卒業。
1982ロサンゼルス、ハリウッドで様々なテレビ番組の制作に携わる。
1987ニューヨーク市役所経済情報管理省勤務。
1995ワーグナー大学ELSセンター副学長。
1996犬山市役所教育委員会勤務。犬山市独自の英語(NET)プログラム作成。
2002日本国籍取得。
2003.4春の統一地方選で、犬山市議会議員にトップ当選。欧米出身の自治体議員は元湯河原町議のツルネン・マルテイ氏(アイルランド)についで2人目である。
2007犬山市議会議員に2期目の当選。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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