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2004/5/2インタビューVol.044 [議会議員] 友次 通憲 茨木市議会議員 「市民の喜ぶ顔が見られる仕事」

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茨木市議会議員

茨木市議会 友次 通憲
政党 無所属
選挙区 大阪府茨木市
初当選年 2001年
当選回数 1回(市議選1回)
公式サイト

 

友次議員は現役の松下社員とのことですが・・・。


松下電器の労働組合は、1970年から各事業所のある地域に市民懇話会というものをもっているんですよ。
地域課題を解決するための組織で、それは労働組合の中に単独組織としてあります。それぞれの従業員が住んでいる地域課題の解決を図る組織なんです。
企業内の労働組合の活動だけでは限界があると松下は考え、地域の課題解決を積極的に取り組んでいく自治体を作ることが労働組合の使命であると考えています。 それぞれの各事業所がある地域20箇所に、計20名の地方議員います。
もちろん、自治体だけでは課題解決ができないと考え、松下の思いで国の課題を解決しようと“府、県、国”にも議員を輩出しております。
松下の市会議員から市長になられた議員さんもいるんですよ。



議員になったきっかけは?


1981年から松下は茨木市議会議員を擁立していました。
5回選挙に当選して20年勤められた先輩議員がいたのですが、松下は定年制を取っているため、基本的に松下の社員を引退したら、議員を辞さなければならないんですよ。
それで60歳の定年を迎えた翌年の選挙でご本人が次の選挙に出馬をしない意向を示されていました。
私はそのとき、執行委員をしていて政治担当部長を労働組合でやっていたのですが「おまえが候補者になってほしい」と言われました。それから家族に相談したのですが猛反対されましたね。 選挙のときにはポスターや告示などで学校には友次という名前が貼られますよね。めったにない名前じゃないですか(笑)。
それこそ顔写真も貼られたら、顔が娘と似ているからばればれですし。多感な年齢の子どもがいる中で、嫌がられましたね。それに全国をとび回る仕事をしており、その仕事から離れたくなかったんですよ。
お客さんの喜んでいる顔の見える仕事をしていて、充実した仕事だったんです。
ですので会社の仕事をがんばるから、松下の社員の中には議員にふさわしい人がいっぱいいるはずだからと丁重にお断りしておりました。
人事部長から頼まれたりしたのですが、それでもお断りしていました。
しかし労働組合委員長から「この仕事はとても重要な仕事で私がやりたいと手を挙げている人には任せることはできない。安心して任せることができない。お前みたいな断っている人間はしっかりしてくれるだろう」と言われました。その言葉を聞いてからやろうと思いました。
そのときの仕事は方向を変えて頑張ってみようか、ということで引き受けました。
家族にもしぶしぶですが、納得してもらいました(笑)。



「お客様の喜ぶ顔が見える」とは、議員になってからも続いていますか?


そうですね。それにしても市民の声は多種多様。本当に。
相談の3割~4割はかなえられない相談なんです。でもそのような相談を受けたとしても、どうすればかなえられるか、いつになったらかなえられるのかを考えて説明するようにしています。
HPからも相談を受けることがあります。議員活動をわかってほしいというのと、いろんな人から相談を受けたいという願いからHPを立ち上げています。
そのため、gooやヤフーにリンクを貼って高速検索可能にしています。3000件くらいのアクセスがあって、だいたい反応があるのが4%くらいです。
激励の意見があったり、相談の意見箱にも意見を載せてくれる人がいます。また「もっと頑張れ!」っていうメールもありますね。
毎日朝から意見箱にお便りが来ているかを確認してから議員活動を始めるのですが、夜中の2時に書き込みがあったことがありました。
保育園に通っているお子さんが自閉症の認定をされたそうで、初めてのお子さんだそうでどう接していいのかわからない。茨木市はどのような支援がなされていますか?という書き込みがありました。
すぐ市役所に駆けつけて、サポートできる制度があるのでと紹介したら、すぐお礼のメールが届きました。感動しましたね。
そういうときに、議員をやってよかったと思います。



茨木市議会議員はたくさんいると思いますが、友次議員のもとにメールが行ったのが、すごいですよね。


そうですね。メールの冒頭が「やっとあなたの元にたどりつけました」という書き出しでしたから、茨木市議会のHPで探されていたのでしょう。



HPに「政治の大切さを若者に分かって欲しいのでインターン生を受け入れました」と書かれていたのですが、政治の大切さを分かった若者に期待する行動は、どのようなものですか?


まず1つは、所得が落ちたりしていて、自治体は経営していくという考えが必要だと思うのです。
民間企業は、赤字がつづいたら、つぶれちゃいますよね。自治体がつぶれることって聞いたことありますか?ないですよね。各自治体で議決しないと財政再建団体にならないような仕組みになっているんです。そんな恥ずかしいことしませんよね。
茨木市は昭和31年に議決して財政再建団体に転落したことがあって、それを12年かけて優良自治体にしてきました。
次に、多種多様な要求にこたえていくためには、市民との協働も大きなひとつのキーワードかなと思っています。審議会を開催しているのですが、茨木は二十歳以上に門戸を広げています。もっともっと若い人の若い感覚を必要にしています。
先輩が作ってくれた街に住むっていうのもいいけど、自分たちで作る街に住むという風に考えてくれたら、と思います。
もうひとつありまして。自治体経営、市民との協働。そして、情報公開。
3番目の情報公開が、議会の方が積極的にやらないといけないと思うんです。
情報を公開されて、茨木市は、みんなで決めていきますよ。という情報公開条例をつくって採用しているんだけど、役所の既得権できめていたことを市役所だけで決めていくんじゃなくて、市民の人たちを巻き込んだ方針決定をしていきたいと思っています。
この3つのキーワードの中に若い人たちが政治に興味をもって欲しい理由があります。
そして何よりも若者には選挙に行って欲しい。
私はずっとインターン生に言ったんだけど市民のレベルを上げないと、市民のレベル以上にはならないから。賢い市民にならないと。前回の衆議院の選挙も市長選も府知事選挙も投票率は低いんですよ。
市長選も35%しか投票率がない。投票に行っていない65%の人に今の暮らしに満足しているかと尋ねてみても、決して満足していると答える人はいないと思います。
自分の暮らしとか、生活を変えるために、どうして行動を起こさないのですか?
あなたの声を聞いて、一生懸命汗を流して行動してくれる人を選んで欲しい。
本当に高い投票率で選挙が実施されたら、その街はすばらしい街にかわってくると思います。
すぐには変わらないけど、少しずつでも変わると思います。高い投票率で当選された自治体は活性化もしていくだろうし。
インターン生から、こんな質問がありました。
「投票をしようと思っても、どの議員がいいのか分からないですもの。」
「そういやなー」と。
「でも自分が一歩踏み出して、HPとか選挙公報とかを見て政策をみるのも大切です」そういうと、
「接点がないですもん」と言われます。
接点は確かにないですが、自分が一歩踏み出すことが大事。政策をみて、だれもいい議員がいなかったら白票を投じたらいい。だからと言って貴重な選挙権を棄権したらだめだと思う。
議員の仕事はやってみて、良かったと思いました。
「市民の喜ぶ顔が見れる」仕事です。



議員になって茨木市が変わっているという実感はありますか?


それは、まだないかな。
経営改革、人事評価を軸にして、ことあるごとに質問をしているのですが、なかなか反映されないね。
私の考える人事評価も若い役所の方から賛成してもらっているので心強くはあります。



編集後記


インターン生に対して、一緒に考えるということをモットーにしている友次議員。一緒に考えることで、印象付けをされているそうです。インタビューの際も私の住んでいる城陽市のことについても引き合いに出され、質問形式で進められました。
数値や年代も発言中にぽんぽんでてきて、あー理系の議員さんだなぁと思いました。
穏やかな議員さんですが、市民の喜ぶ顔をみるべく議員活動をされる友次議員は素敵でした。



(インタビュー:2004-05)


1956.11.11 岡山県赤磐郡赤坂町に生まれる。
1975 県立岡山工業高校・電気科 卒業。松下電器産業(株)入社。
1998 松下電器産業労働組合 テレビ支部 執行委員。
2000 テレビ支部 特別執行委員。茨木市民懇話会代表幹事に就任。
2001.1 茨木市議会議員選挙に初当選!茨木市議会議員として活動を開始。
2005.1 茨木市議会議員選挙2期目の当選
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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