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2004/6/1インタビューVol.045 [議会議員] 白川 秀嗣 越谷市議会議員 「followerとしての自覚と責任」

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越谷市議会議員

越谷市議会 白川 秀嗣
政党 無所属
選挙区 埼玉県越谷市
初当選年 1988年
当選回数 2回(福岡市議選1回、越谷市議選1回)

 

まず、政治家になったきっかけを教えてください。


私が大学に入った時にはいわゆる学園闘争っていうのがもう下火になっていてね。僕らはもう最後の残り火ってかんじで。それで学生運動をはじめて、左でも右でもよかったんだけどとにかく国を変えようってやっていたんですよ。
その当時は暴力革命で日本を変えるんだなんて意気込んでいたけど。まぁ当然挫折するよね。こんなこっちゃだめだと。 民主的に選挙で政党活動を通じて日本を変えてかなくちゃいかんと。そう考えて大学を卒業して県議事務所で働くことになったんだよ。



昭和63年に福岡市議会議員に当選し、政治家としての人生が始まります。


福岡市議会議員のときは社会党公認で、34歳のときに2回目で当選しました。
だけどもう社会党という組織は時代にあってない、その社会的役割ってのはもう終わったんじゃないかと思いながら、現実のギャップに悩みながら。けれども社会党公認だからね。矛盾を感じながらも選挙をやらなきゃいけない。当然、次の選挙は落選しました。落ちたいと思ったわけじゃないけどそれではもう社会変革の力にならないって思ってるから結果的にはやっぱり落ちるわけですよ。落ちたらもう社会党にいる必要ないからね。
それから知人の紹介などもあって、越谷市に移り住んできたんだ。
心機一転という意味もあり、福岡での20年の活動に区切りをつけることになりました。



白川議員の話の中によく「followerとしての自覚・責任」という言葉が用いられますが、どういった意味でしょうか?


つまりは主権在民ってことです。
すべてのことは国民が決める。権力の構造も国民が決める。国民が一票を投じて政府を作ることによって政権を維持したり、変えたりすることができるということ。
民主主義の国であれば、当たり前の考え方なんだけど。
権力の所在は国民主権の中にある。
だから国民主権ってことをわからずに、被選挙権を行使することは間違っているんだ。
戸田政康代表に出会って初めてその考え方がわかった。学生の時から20年間活動してると、自分はリーダーでみんなよりはるかにわかっていて、はるかに苦労していて、はるかに政策に強いんだと、そう思いあがっていた。
国民主権って視点から見ると、えー全然ちがうよなと。国民主権ってことがわからずに被選挙権を行使してきたのかと。
もうコペルニクス的転換だよね。大ショックって言うか。
1票1票の重みがわからずに・・・今までは選挙で勝たなきゃいけないから。勝つためにはかっこいいこといわなきゃいかんとか、パフォーマンスも必要だとか、そういう枠内で主権者のことを考えてたんだよ。
当選してバッチをつけてから自らの「正しい理念」でがんばればいいと思っていた。
同じ考え方で国会議員とか、地方議員でも、国民が悪いって言う人いるでしょ?
国民がバカだと(笑)
バカだといってバカにあわせることを言うわけよ。そうじゃないよな!
もちろん日々国民が外交や防衛や政治のことを考えてるわけじゃない。だけどもこの10年間永田町の動きを見てくる中で、1票を投じることによって自分たちの政府を作るという、あるいは変えるというそんな動きが出てきた。
投票する基準はだれかに頼まれたから入れるとか、顔がかっこいいから入れるとかじゃなくって、政策で!
政権選択を政策の判断基準にしたということ。
苦労しながらここまできたことが大きいことなんです。 選挙の時には立派な政策を言ってね、あとは権力作ってから政権内部で政策の調整をするという空間を飛ばしたってわけです。
マニュフェスト(政権公約)は政党と国民の契約だから。契約だからね、政権とったら実行するってのが今まではできてなかったわけよ、ずっと。あと国民もね、選挙のとき一票いれて、あとはお任せしちゃう白紙委任の空間をとばすことになった。
選ぶ側と選ばれる側の責任だよ!責任!これはすごい意味のあることなんです。
それは国民主権の観点から見ると、主権在民が固められていってるってことでしょ。すべての政局、政治、は国民の一票で決定されるってことでしょ。
だから権力は上にはなくて国民の中にある。だけどもそれを可能にするには政党っていうものがないとできないね。
だから政党政治って問題と国家の問題と、国民主権っていう問題、この3つの問題を理解してないにもかかわらず議員バッジをつけようとしてる人は間違ってるというわけです。



followerとしての役割をさらに詳しく説明してもらえますか?


主権者ってのは議員バッジをつけた主権者と、つけてない主権者がいるわけ。もっというと主権者の役割分担。議員はより統治・ガバナンスの能力が高い人がやってるわけね。そのガバナンスを支える基盤を作る側としての責任をはたしてほしい。
そういう両方の役割がわかった上でのleader、わかった上でのfollowerじゃなきゃだめだよね。
国民主権が見えないと永田町的権力闘争に走ることになる。
改革派のリーダーにはそういうことが見えてきたし、今まで目先の利益しか考えてなかった国民もかわってきたんです。このままじゃまずいんだと、反省せなあかんなと。
もう今までのような右肩上がりの状況ではないってことを自覚しはじめた。政治がダメだって言うだけじゃなく、自分たちの生き方もおかしかったんじゃないかと。
それで98年(第二の経済敗戦)ごろから選挙が変わるわけ。followerとしてそこまで自覚をしたうえで、だからそこまで責任を持つ人たちを選ばないかんという考えが、国民の一角で生まれたんだよ。
主権者はとにかく責任を持ってその責任からleaderに責任を問う。leaderの無責任というのは無責任の拡大につながる。
leaderが無責任だと、それをみた人々がleaderが責任を果してないなら自分も果す必要はないと思ってしまう。



現代の若者に対するメッセージをお願いします。


followerとしての基盤を鍛えていくということがこれからは重要なわけで、その上で今のleaderとの関係を作らなくてはいけない。
つまるところ、あなた方の世代、20代30代の次の社会を担っていく人たち、ここをどうやってfollowerとして基盤整備していくかってことが大切だよね。
主権在民ってことは賢い人でもそうでない人でも一票は一票だからね。
ってことはさ、そういう一票を持っている主権者を日常的に鍛えるってことが問われることになる。
私は3年後の選挙で失敗するかもしれないよ、けど失敗してもいいの。白川の失敗を学んでさ、若い人たちが出てくればいいの。
俺の背中を踏み台に次の時代を創ればいいんだから。
つまり新しい時代をつくるときに親父たちがここまでは切り開いてくれた。
家をたてるのは私たちがやります!という風に若い人たちが変わるわけ。
こういう様に生き方をかえる。人生が変わるってことだよね。それを受けて今の古い世代も変わるんだよ。若い人の生き方を見て、反省せねばならんなと。今の20代、30代の人々が新しい日本を創っていくんだよ。



インタビュー後記


一票では何も変わらないと、政治をあきらめる人が多い中、一票の大切さを唱える白川議員。
国民主権、民主主義の在り方を自身の哲学とともに語って頂きました。
市議会議員という立場でありながら、日本全体の視野で問題を提起し、日本の将来を憂慮する議員の姿に改めてスケールの大きさを感じました。



(インタビュー:2004-06)


1953 佐賀県に生まれる。
1976 福岡大学経済学部卒業。福岡県議事務所に勤務。
1988 福岡市議会議員に初当選。
1993 衆議院秘書(細川政権を支え国会事務所で活動)。
1997 安田火災海上保険(株)勤務。
1999 埼玉県に転居。越谷市議会選挙に立候補、2060票の支持を得たものの5票差で次点と惜敗。現在、越谷市議を務める。
2005 岩槻タクシー乗務員。変則的勤務時間を活用しながら、「がんばろう、日本!国民協議会」の一員として、主権者運動を始める。
2007 越谷市議会議員当選。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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