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2013/2/27インタビューVol.125 [首長] 馬場 弘融 日野市長 「すべては地域のひとに恩返しをしたいという想いから」

125

市長

日野市長 馬場 弘融
所属 日野市長
選挙区 東京都日野市

 

 

政治家を志したきっかけを教えてください。


私の原点には戦争で父親が亡くなったことがあります。私の家は10代続く小さな酒屋をやっており、その酒屋を母がひとり一生懸命切り盛りしていました。
酒屋は重労働が多かったこともあり、地域のおじさんが店を手伝ってくれていたのが印象に残っています。幼いながらに自分の家が地域の方の協力で成り立っていることをひしひしと感じたのを覚えています。


そのような環境で育ったので「将来は地域の方にお返しをしたい」という想いは幼い頃よりありました。そして、政治や法律を学べる慶應義塾大学法学部に入ったこともあり、政治というものを志すようになりました。
自慢になりますが、大学生時代は成績が良かったので教授から学校に残らないかと誘われたこともありました。しかし、私は実家の小さな酒屋を継ぐことを伝えました。

その後、地元で酒屋をやっているうちに「市議会議員をやってみないか」と声をかけられ出馬し、当選しました。その後、「市長をやってみないか」と声をかけられたことをきっかけに市長選に立候補しました。
現在は先祖代々住んできた日野への愛着を胸に頑張っています。

日野市の魅力を教えてください


日野に住む人々は日野についてあまり自信を持っていませんでした。消極的、地味というイメージなのかもしれません。私は、大好きな日野をもっと誇って欲しいという想いから、日野市の魅力を7つにまとめ、発信しています。


一つ目は、水や緑が豊かで環境がいいということです。
二つ目は土方歳三など新選組のふるさとであるということ。
三つ目は多摩動物公園等の面白い観光施設・憩いの場所が立地していること。
四つ目は工業都市でもあり、世界的な企業が立地しているということ。
五つ目は農業も大切にしていることでして、日本で初めて農業基本条例を策定しています。都会で農業をすることは重要です。
六つ目は高い交通の利便性です。日野は本当に交通の要所になっていて市のどこからでも徒歩20分圏内に駅があります。
七つ目は日野の人々にチャレンジャーが多いこと。私は日野の市民を「日野人」と呼んでいるのですが、「日野人」には先進的な取り組みをする人が大変多いと思います。
例を挙げると、日本の自治体図書館を充実させる取り組みは、日野からはじまり全国に広がっていきました。
また、私が取り組んだゴミ処理の有料化も大論争の末にやってみようとなり、今ではゴミ削減の成果を発揮し、多摩地区全体に波及しつつあります。

市の職員には必ず市の魅力をひとつは語るよう伝えており、最近では外部の人から「日野?土方さんの街だね」と言われることも増えてきて、市民が変わってきていることを実感しています。

今後の日野市のビジョンについて教えていただけますか?


日野市は現在、市制50周年ということで2年間かけて50年後の日野市のビジョンを市民団体、大学教授、市内の、経営者、そして多くの市民と協働で作成しています。
コンセプトは水と緑ということになりました。
浅川や多摩川に挟まれてこんなに水路の残っている街は他にありません。
農業に関してもこれ以上は農地を減らさない方針です。住宅地についても今後人口が減少するに従い、森に戻すこともできるのではないかと検討しています。
加えて市内に大規模なエンターテイメント施設ができてもよいのではないかと思っています。
日野自動車が移転することになれば、高速道路に近いアクセス抜群の膨大な跡地が残ります。その跡地を有効活用できれば素敵だと思っています。


豊かな自然の中にきらりと光る魅力があり、着飾って歩きたくなるような街を目指せればと思っています。そのビジョンは「日野曼荼羅」というかたちでこれからも議論し、そして具体化していきます。

市長の学生生活を教えてください


大学時代のクラシカルギターサークルとゼミとクラスの仲間は今でも繋がっていて、選挙の応援などにも来てくれます。
特に頑張っていたのはクラシカルギターで、日吉にも三田にもギターを担いで通っていました。合宿等も楽しくやっていたのを、今でも思い出します。
ゼミではアメリカの民主政治について研究していました。
クラスの同級会もよく行うのですが、政治学科を卒業して政治家になったのは自分だけだといつも話題になります。



先導者になる為に必要なことはなんでしょうか


自分の持っている長所を磨くことが重要です。
高校生くらいのうちから「自分は社会にどのように貢献できるのか」を常に考えることが必要だと思っています。向き不向きはあると思いますが、自分にできること、したいことを本気で考えることで、「やりたいこと」が見えてくるのだと思います。
自分の場合はそれが政治というかたちでした。自分ができること、やりたいことを探す為に失敗を恐れずに挑戦することも学生のうちは必要かもしれません。


また、トップの仕事は決断をすることです。課長でも部長でも市長でも大統領でも仕事は決断だけとも言えます。部下が言ってくることに素早く的確に決断をすることが重要です。慎重になって決断を先送りにしてしまうとどんどん仕事がたまってしまいます。
そしてその決断に責任を持つことも重要です。
失敗をしたときには、自分のせいだと潔く認めて謝罪することができなければいけません。

市長の決断の基準とはなんでしょうか?


私は「おおいなるものの意志を感じる」と言っています。
金や情緒でなく、深く考え込んで「これでいこう!」と思ったことを実行することです。
この考えかたは歴史から学んだことでもあります。歴史が今の自分をつくっていますから、歴史を踏まえた上で今の流れを感じて決断しなければいけません。歴史を読むことで今と比較しながら考えることが必要になってきます。



若者へのメッセージをお願いします


たくさんあるのですが、ひとつは本を読んで欲しいということです。
私は人を育てるのは人だと思っています。もちろんいろいろな人に会ってお話するのが理想ですが、なかなかそうもいきませんから本を読んで欲しいと思います。本であれば歴史上の人物であっても会うことができます。
次は、出されたケーキはおいしく食べて欲しいということです。
例えば人事異動で出された辞令に文句を言うのではなくそこで一生懸命にやってみる。上の人間は見ていないようで「ここでも頑張っていたので、あそこの部署ではどうだろう」「こんなところでも頑張っているから次は昇進だな」という風に見ています。
何でも同じことが言えます。与えられたことは何かに繋がっていると思って取り組んで下さい。
引き出しは、たくさんあればあるほどいいので、いろいろなことに興味を持って挑戦してください。深くなくても、浅く広くでも問題ありません。
引き出しがたくさんあると人と話していて話題に事欠きませんし、何より人生が豊かになります。



(インタビュー:2013-02-20)


慶應義塾大学法学部政治学科卒業
日野市消防団に入団
日野市商工会理事
日野青年会議所理事長
日野市議会議員
日野市長
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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