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2013/2/27インタビューVol.126 [首長] 北村 新司 八街市長 「親孝行をすることは全てに繋がっていく」

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市長

八街市長 北村 新司
所属 八街市長
選挙区 千葉県八街市

 

市長になったきっかけはなんでしょうか


私は市長になる前に市議を務めていました。私が市議選に出るきっかけになったのは、8年の間、自分の住んでいる地域から市議会議員が出ていないという状態を問題に思った地域の有識者のかたから「おまえやってみなよ」と声をかけられたことでした。
その後三期ほど市議を務めていたところで、前市長であった長谷川氏が四期十六年で次回は出ないと勇退宣言をなされました。その当時、私は議長をしておりまして会派の仲間から「お前がやるしか無いだろう」と推され立候補しました。



立候補なされた時に躊躇はしませんでしたか


正直ありました。妻に苦労をかけてしまうことは両親を見ていたので分かっていました。
私の家では農家をしていたのですが、自分が中学生の時に、私の父親も当時は町議をしていて、ほとんど家の仕事はできませんでした。その分の農作業を母親がしていて、自分も学校から帰ると暗くなるまで一緒に農作業をしていました。
自分が政治家になれば、同じ苦労を妻にかけてしまうのではないかと躊躇しましたが、妻と相談して最終的に決めました。



市長をやっていて大変なこととやりがいを教えてください


ふとした時に住民の方から「大変ごくろうさまです」「ありがとう」と優しいまなざしで言われるときに、やりがいを感じます。そんな住民の方の何気ないひと言が市長としての原動力にもなっています。
本年度の予算に長年の住民要望となっていた榎戸駅の橋上化の予算を盛り込むことができた時にも「市長をやっていて良かった」と感じました。

逆に大変なことはどこの自治体でも言えることかもしれませんが、財政が厳しいことです。いろいろやりたいことがあるのですが、実現できないのは残念です。



市長の目指す八街市の理想像とは


二宮尊徳の報徳訓や相田みつをの言葉にもある考え方で、私の考え方に大きな影響を与えているものがあります。
「奪い合えば足らないけれども譲り合えば足りる」そういった考え方に共鳴しております。幸せというものは必ずしも、大きな家に住んで良い車に乗って豪華なものを食べるというものではないと思っています。
皆で支えあって、皆で分け合う、そんな安全な街こそが幸せにつながると思っておりまして、なにか挨拶をさせてもらうときには「そんな八街を目指そう」といつも言わせていただいています。



その理想を実現するために何か施策をなさっていますか


私は選挙に立候補した時に「お父さんお母さんを大切にする、親孝行をする」というまちづくりを掲げております。
その施策として「高齢者みまもりネットワーク」というものを実行しています。
町内の事業者のかたに協力していただいて、各家庭を事業者の方が回る際にいつもと違うこと、例えば、新聞が溜まっている、雨戸がずっと閉まっている、反応がないなど、チェックし何かあれば、福祉課に報告してもらう仕組みを作りました。
予算も掛かからない、念願の施策でしたので実現することができて市の職員や事業所の方に本当に感謝していますし、住民の方にお礼を言われるともっと頑張ろうという気持ちになります。



若者はまちづくりに参加しますか


八街市には祭りがあるのですが、その際には若者の方が出てきてくださって大変活気が出ます。若者の祭りに対する情熱や、ほとばしるエネルギーは格段のものを感じますので今後も是非参加して欲しいと思っています。
政治というものを身近に感じるのはなかなか難しいと思うのですが、是非政治にも関心を持って欲しいと思います。その為には政治家も努力をしなければなりません。



八街市の魅力を教えてください


八街市は農業を基幹産業に位置づけています。
八街と言えば落花生のまちだと全国的にアピールしております。
最近も郵便局でのカタログ販売を始めたところ、この一ヶ月間で3000を上回る注文があったとのことで、これから更に八街をアピールできるのではないかと確信しています。
他にも人参や里芋も市町村単位で言えば全国一位の規模で、味の方も明治時代からの土地の改良により、全国でも指折りの野菜の産地として「八街の野菜はおいしい」と評価していただいております。
そのような意味で八街市は「中核田園都市」として誰もが住んで良かったと感じられる穏やかな街であると思っています。先の震災を受けて震災に強い街ということで注目されていまして、安心安全では定評があるかと思っています。



市長はどんな学生でしたか


学生時代はお金がありませんでした。お弁当も自分で作って持っていっていました。途中から下宿生活をしました。下宿先が豆腐屋で早朝に手伝うことでもらえるお金が、当時はとても有り難かったことを覚えています。
また駅が近くにあったので「押屋」をやっていました。
電車に乗れるように乗客を押し込む仕事ですが、今思うとセクハラ問題になりそうですが、当時はそのようなことは問題になりませんでした。

千葉大学の園芸学部に通っていたのですが、当時は「今までとは違う農業をしてやろう!」という想いを持っていました。
俳句が好きで当時も勉強していて今もやっているのですが、俳句が私の心を支えてくれることもあります。本も好きで沢山読むのですが、特に夏目漱石の「こゝろ」は大好きで何度も読んでいます。この本では「人の気持ちを考える」ということを教えてくれるので、是非読んでみて欲しいです



若者へのメッセージ


まずは親を大切にしてください。このことは最終的には子育てや友人関係、自分の生きる道等、全てにつながることだと思っています。
まずは両親、結婚すれば妻を大切にすることが何よりの基本で、そのことができなければ他人を思いやることはできないと思っています。
そんな考え方が伝わったのか私の三人のこどもは結婚式や住居の支援を求めてきませんでした。



(インタビュー:2013-02-18)


千葉大学 園芸学部
千葉県八街市議会議員
千葉県八街市長
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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