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2013/2/28インタビューVol.132 [首長] 蕨 和雄 蕨 和雄 「可能性はまだあります。諦めずに知恵を絞って!」

 

市長になったきっかけを教えて下さい


私は、父が市議、祖父が市制施行前の旧志津村の村長であったこともあり、身近に議員が多い環境で育ちました。そのため、政治をあまり遠くに感じていませんでした。
同時に子供の頃から、晩年は地元に尽くせと教育されていたこともあり、会社を退職し、佐倉市に戻り地域に関わる仕事をすることは、自分にとっては自然な流れでした。
しかし、まさか市長になるとは思っていなかったというのが本音の部分です。
地元では、観光協会や商工会議所での活動や農協の立て直しをしていました。その過程で、佐倉は歴史・文化・自然に恵まれているのに、今ひとつ活性化に繋げられていないという感覚を持つようになりました。これを改善するにはどうしたら良いのだろうと思い、市長という仕事に興味を持ち、出馬しました。
佐倉市は、県下一の城下町であり、十分に魅せられる地域だと思っています。この風土を活かせるよう頑張っていきたいと考えています。



市長としてのやりがいを教えて下さい


10年以上もの間滞っていた問題を解決したり、市の職員と協力して過去の負の遺産を整理できたときに、この仕事の醍醐味を感じます。
今は、市民が将来への希望を持てるようにするために、10年後を展望した財政体質づくりを目標にしています。景気の低迷と市民が高齢化していくなかで、市民税の収入が低下していくことは避けられません。そこで、市民税偏重の歳入体質を、地場産業の育成や観光振興・優良企業の誘致を通して佐倉市の経済を活性化させ、法人税を含めた適正な形へ是正していきたいと考えています。
また、佐倉市には広大な農地がありますので、農産業が6次産業化することで、新しい価値を発揮していくことができる政策を考えていきたいと思っています。



市長の学生時代について教えて下さい


学生の頃は、多く外国を見てみたいと思っていました。学生時代はバイトをして船上大学を組成し、世界一周や地中海クルーズに参加し、世界を見て回るという経験をしました。
船旅では、外国人のお客さんへ向けて、日本の文化の紹介を行い、海外文化と日本文化の接点を増やす活動をしていました。

学生時代、海外にとても興味を持っていたので、卒業後、東京銀行に入社することになりました。



東京銀行にいた頃はどんなことをされていたのですか?


東京銀行は外国為替銀行という区分の銀行で、いわゆる都市銀行とは若干異なり、貿易に関係する業務が主になっていたため、海外での勤務がとても多かったです。
香港に5年間いたほか、欧米、東南アジア、サウジアラビアなどいろいろな国に行きました。

仕事自体はとても充実していました。しかし、自分の将来を改めて考えたとき、仕事を辞する決心をし、独立して故郷に帰ることにしました。



佐倉市のおすすめスポットについて教えて下さい


佐倉市は、県下一の城下町だったことから、国立歴史民俗博物館や武家屋敷など歴史遺産がとても多いです。
一方で自然も多く、「ふるさと広場」にはチューリップやひまわり、コスモス、「草ぶえの丘」にはオールドローズという野生のバラなどが植わっています。
実は、そもそもバラの起源は日本と中国であり、例えば北海道や東北地方の海岸部に多く自生するハマナスなどもバラの原種の一つです。バラの原種をフランスに持って行って、ナポレオンの妻のジョゼフィーヌが品種改良をしてできたのが、現代バラの品種の第一歩です。
野生のバラは、華やかさでは現代バラに劣りますが、香りが圧倒的に良く、この魅力に気付くとどんどん惹きこまれていきます。
また、花だけではなく、自然環境も良くしていきたいと思っています。私が小さな頃には、印旛沼はとても綺麗で、水中のカラス貝や小魚が見えました。生き物はすぐには戻りませんが、「まずは見た目から綺麗にしたい」と思い、活動しています。

私は今、自然を大切にしてまちおこしをしていきたいと考えています。歴史遺産は、残念ながら余程ファンになってもらえない限り、毎年足を運んでいただけるようなツールにはなりません。
しかし、花は毎年違う形で咲きます。だから毎年見たくなります。自然の魅力は様々な人に佐倉市へ足を運んでいただけるきっかけになりますので、花を中心にした自然の癒しで佐倉の魅力を発信したいと考えております。



市長の座右の銘


「初心忘るべからず」
どんなに物事がうまく進んでも自分一人のちからである場合はほとんどありません。常に「慢心しないように」と意識しています。



若者のちからを市政に


佐倉市は順天堂大学の発祥の地であり、佐倉順天堂二代目堂主 佐藤尚中は、その後東大医学部設立に大きく貢献した方です。佐倉市と順天堂大学は、深い歴史的由来を踏まえ、連携協定を結びました。今後、大学で盛んなスポーツなどを中心に、地域に貢献いただきたいと考えています。例えば、小学校でのスポーツ講師や地域の祭りの応援、健康のまちづくりのお手伝いをお願いすることを考えています。
また、女子美術大学とも連携協定を結びました。佐藤泰然の孫である佐藤志津は、女子美術大学第二代校長を務め、また、志津の夫であり順天堂三代目堂主である佐藤進が第三代校長を務めるなど、佐倉市と女子美術大学は歴史的につながりが深い関係にあります。学生の皆さんには、地域でのファッションショーへの出演のほか、老人ホームで高齢者に絵を教えていただいたり、病院でのヒーリングアートを描いていただいたりしています。
このような形で若者のちからを市政に取り組んでいこうと試みています。



最後に若者へのメッセージをいただけますか?


皆さんは生まれた頃から不況やデフレが続き、未来への希望を持ちにくい世代だと思います。しかし日本は、世界一の対外純資産をもつ国です。これは21年間連続で世界一です。そして、国民も勤勉で多額の預貯金もあります。このように、まだまだ日本の国力は大きいものがあります。
それは、もう一度世界のリーダーになれるだけのエネルギーでもあります。
皆さんが頑張れば、もう一度 Japan as no.1 という国になれるだけの可能性を秘めています。だからこそ希望を失わず、知恵を絞って、努力していただきたいと思います。
皆さんが頑張った先の未来は、もっともっと明るい世の中になっていると思います。



(インタビュー:2013-02-14)


生年月日:S24年7月14日
出身地:千葉県佐倉市先崎
略歴:早稲田大学商学部卒
市長:2期目(H23年4月27日~現在:1期目H19年4月27日~H23年4月26日)
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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