ニュースリリースNews Release

2013/12/5インタビューVol.171 [首長] 根本 崇 千葉県野田市長 「雰囲気だけの「かっこよさ」ばかりにとらわれない」

171

市長

千葉県野田市長 根本 崇
選挙区 千葉県野田市

 

市長になったきっかけを教えてください。


私は、大学を卒業して建設省(国交省)に入りました。皆さんご承知の役所ですが、街づくりを通じて地方とかかわる組織です。そんなことから地方への転勤があります。私は千葉県庁で課長、また、静岡県島田市で助役として地方行政を経験しました。これが面白かった。国の仕事も大切ですが私には地方行政の方が楽しかった。抽象的な議論よりも地域の実情にあわせた具体的、すぐに成果のでる仕事の方に魅力を感じたわけです。とくに島田市では4年聞にわたり地域住民の方々と直接交流し仕事をしたことが私の興味を一層地方自治に向かわせました。そんな折、ふるさとの野田市の若い皆様から、開発から取り残された野田市の街づくりを手伝ってほしいと要望され、地元に戻ってきたわけです。



国交省で働いていた時と今では違う点はありますか。


一番の違いは国民からの距離だと思います。国家公務員の仕事は、全国統一的な制度を作り、それを具体化する施策を展開しております。一つ一つが大きな仕事ですが、どうしても抽象的な議論になります。一方、地方自治体は、住民の近くにあることから、街づくり暮らし易さを求めて生の住民と一緒に物事を成し遂げていく組織です。国と比べてより住民と近い距離で仕事をしているというのが実感です。国は高度の理論構成により施策を展開しますが、私たちは市民の悩みを肌で感じて仕事をしています。
高齢者施策を例にとります。国は27年度からスタートする第6期介護保険計画を作るに際しての議論を進めております。その議論の過程で、東京都のある区が特養を伊豆半島のある街で作ろうという考えが持ち上がりました。特養は必要である。しかし、介護保険料をこれ以上上げられない。それなら地方に作ったらという発想ではなかったか。確かに経済合理性、介護保険を持続可能なものにするためにはそのとおりかもしれない。私は、違うのではないかと考えた。確かに入所施設だから地価の安い所に建ててもいいのではないかという考えは合理的だ。しかし、住み慣れた地域に住みたいという住民の願いに反する。 この市民の願いを敢えて野田市では実現しようと考えている。私は敢えて中心市街地の特養を作るつもりでいます。
もう一つ特養について考えていることを申し上げる。国は障がい者のための入所施設として重心施設、療護施設を予定しているが、積極的に作ろうとしない。お金がかかるからではないかと、思っている。しかし、障がいを持つ子どもさんの親が一番心配していることは何か。親亡き後の子どもの生活である。自分が元気なうちはなんとかする、しかし、万が一の場合にどうするか。この受け皿がない。お母さん方のこの心配を解消しなくてはな らない。私は、障がい者施策としての入所施設が無理ならば、特養でその対応をしてみようと考えて、現在計画を進めている。



今までの決断の中で大きな葛藤や苦悩を伴ったものはありますか


21年間市長をやっています。難しい決断は何度もしましたが、大きな葛藤を感じことはありません。というのは、「市民の目線で物事を見る」という軸を外さなければいいのです。そうすれば、大きな逆境の中での決断も悩むことはありません。
ーつの例を申し上げます。野田市は全国で初めて公契約条例を作りました。公共工事の現場で働く人、それから役所が委託する仕事の現場で働く労働者の賃金が安すぎるという問題を解決しようという条例です。建設労働者の賃金は毎年下がっていました。この傾向が続けば技術が継承されない。また、役所の仕事の委託現場の労働者が最低賃金とほぼ同じ賃金で働いている。いわゆる官製ワーキングプアが発生している。これではサービスの水準を継続的に維持出来ない。本来国が直すべきこと。しかし国が動かないから、市で条例を作った。市が最低賃金を決め、それを理解して賃金を支払うことに応じた方とだけ契約を結ぶことにした。労働条件法定主義に反すると言われ、果ては憲法違反であるとまで言われた。しかし、契約自由の原則の範囲内と言って押し切ってしまった。かなり、強引だったが抗議の声は上がりませんでした。なぜなら市民の目線からすれば条例を採用した方がよいということだからだと私は思っております。軸をぶらさずということはこういうことです。全国各市で条例を作り国が法制化せざるをえなくなることを目指している。



市長の今の取り組みを教えてください。


野田市は、東京から30km圏にあります。ただし、直結鉄道がないことから時間距離からするともっと遠い。この位置関係をどう捉えて政策を展開するか。国の計画に位置づけられている東京へ直結する鉄道の建設を促進する事が大切。ただ東京の延長線の街を作るということでなく、子育てするなら野田市、老後を過ごすなら野田市というそんな暮らしやすい街を目指したいと思っている。そのためにサービス水準を高める努力をすることも大切ですが、もうーつ、生き物が沢山いる自然豊かな田園風景を再現していきたい。今、野田市内の農地で減化学肥料・減農薬の取り組みを進めています。取り組みを始めて5年、最初の年にホタルが戻り、いまはカエルやドジョウが沢山増えてきました。関東の里山はかつてこうだったのではという風景が野田市に戻ってきております。野田市で始めたこの取り組みを利根川水系に広げ、水系エコロジカルネットワークを作ろうという取り組みが現在進められております。このことは政府の生物多様性国家戦略の閣議決定にも取り上げられています。



こうした地域から国家を動かすという難しい取り組みを成功させる秘訣は何ですか?


秘訣は、大きなことを実現するためには最終的な目的を見据えながらも小さな一つ一つの成功体験を積み重ねていくことです。いくらいいことを考えても、一気には出来ません。途中で失敗があるとそこでストップしてしまいます。何をやりたいか、しっかりとした信念を築き、つまらない小さなことだと思っても失敗しないような轍密な配慮が大切です。



市の若者に対するメッセージをお願いします。


野田市には若い人たちで組織している街づくり勉強会があります。なかなかまとまりにくい青年会議所、商工会議所、商工会の青年部、青色申告会の青年部の現役、OBで組織されている全国的にも珍しいと思います。私はその皆様に月1回のベースで野田市の現状を今後の考え方について話しをしております。参加は自由です。市政に疑問をもつ方に積極的に聞きにきて欲しいと思っております。不平不満をもつだけでなくどうしたらいいか一緒に考えていきたいと思います。



(インタビュー:2013-12-04)


-氏名 根本 崇 ねもと たかし

-生年月日昭和 20年 9月 2 2日

-略歴
昭和45年  4月    建設省入省
昭和53年  4月    千葉県企画部水政課長
昭和60年  7月    静岡県島田市助役
平成  元年  7月    建設省大臣官房政策企画官
平成  2年  7月    関東地方建設局用地部長
平成  3年  6月    野田市助役
平成  4年  7月    野田市長(現在 6 期目)
-最終学歴東京大学法学部法律学科卒業
※プロフィールはインタビュー時のものです。

  • facebook
  • twitter