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2013/2/27インタビューVol.128 長友 貴樹 調布市長 「何が良くて何が失敗だったのか。過去を学びきちんとした知識に基づいて未来を創造してください。」

市長

調布市長 長友 貴樹
所属 調布市長
選挙区 東京都調布市

 

市長になろうと思われたきっかけはなんですか。


もともと、日本貿易振興会(JETRO)に勤めていたのですが、今から10年前の選挙の時に、新しい流れを作りたいという方々から、普通の市民が推す候補として立って欲しいと請われ出馬を決めました。それまで調布市の市長は4期16年間ずっと同じ方が務めていらっしゃったので市政全体に閉塞感があったのだと思います。



出馬される時に不安などはなかったのですか?


選挙に出馬しようと思い立った時、やはりはっきり出馬するという決断を下す前には一ヶ月間程、仕事も含めこれまで続けてきた生活が変わることなど真剣に考えた期間はあります。当選する、当選しないなどの心配はそもそも考えもしませんでしたが、30年近く勤めた会社を辞めて決断をするということに対してはいろいろ考えを巡らせていました。
私にとってそれほど大きなことだったです。それに関しての周りの意見も様々でしたが、その上で、自分自身の考えで一度しかない人生を悔いのないようにいこうと出馬を決めました。
決断してしまえば、自分個人の進退などについてはほとんど考えませんでした。そういう人しか選挙には立候補できないという話もありますが、それはある意味真理なのだと思います。



市長が私達ぐらいの年代だったころのことについて教えて下さい。


日々の生活は、大変平凡な普通の学生だったと思います。殊に勤勉に勉強をしていたわけでもなくだからといって遊び呆けていたわけでもなかったです。政治的な意識とすれば、私の時代はロッキード事件があり新自由クラブができと70年安保の終わった後55年体制が当たり前だった時代から何かちょっと今までと違う風が吹いてきたかなという漠然とした感覚はあったと思います。
ただ、だからといって政治にどうこうということはなく、自分自身は海外に対して大変な興味があったこともありJETROに就職しました。
JETROの仕事は主に公的に日本と相手国との経済取引を円滑に進めることでありその仕事は大変やりがいのある仕事でした。



調布市の特徴はなんですか?


都心から近く、都心部へ通われる方々が多いだけでなく、古くから市を支えて市の文化を伝えてくださっている方々も多いバランスのとれた市だと思います。また、深大寺の森林もあり多摩川のせせらぎも聞こえるなど、都心の区部に比べてまだまだ自然も多く残っている地域です。
また、今年は市の中心駅である京王線調布駅が地下化されました。京王線のターミナル駅でもあり利用者が多い調布駅の地下化は、市が始まって以来とも言える大工事となりましたが、地下化により分断されていた駅前を一体的に整備できるようになりました。いまからまだ5~6年はかかると思いますが、新たに調布、布田、国領の3つの駅前広場を整備し住んでいる方はもちろん、これから訪れる方にとっても魅力的な街づくりを進めていきたいと思います。



市長が今まで務めてこられた中で印象に残っている取り組みはなんですか?


規模で言えば先ほど挙げた調布駅の連続立体交差事業だと思います。加えて、三鷹市と共同で進めて来た事業であるゴミ処理施設の設置もいよいよ試運転に入る段階となりました。
この2つは私が市長就任当時から動かしてきた事業だったこともありとても印象に残っています。
また、これらとは別に私の取り組んでいることとして、調布市の様々な素材を生かして街を市外の方へアピールしていくことが挙げられます。調布市は大変な幸運に恵まれていて、NHKの大河ドラマと連続テレビ小説の舞台にかなり近い間隔で二度も取り上げていただいたり、FC東京がナビスコカップと天皇杯に10年間で合わせて3回も全国優勝してくれたりと本当に話題の尽きない市となっていました。
加えて来年54年ぶりに東京で開催される「スポーツ祭東京2013」(東京国体)のメイン会場である味の素スタジアムも当市にあり、市に対する注目が大変集まり易い環境になっています。この環境を好機ととらえて街のアピール度を高めていきたいと考えています。



市長のやりがいはなんですか?


今この調布市は大変革の大事なときだと思います。そこに微力を尽くすことができるこれが一番のやりがいだと思います。私自身が思うところなのですが、この調布市は住んでいる人が自主的に声をだして、責任を分担するそういう街に近づく可能性がある極めて全国的に珍しい可能性・ポテンシャリティがある市だと考えています。だからこそその点に力を傾注していくことは大変重要でかつ大きな施政のポイントだと思います。
確かに、ほとんどの人は行政が何をしているのか関心もないし振り返る暇もないかもしれませんし実際のところもそういう方がまだまだ多いのかなとも思います。ただ、昨年来、市では10年計画を作りはじめたのですが、そしたら様々な市民の方々が自主的に手を上げて草案をつくってくださいました。こういう流れは大変よい方向だとおもいますし、こういう部分からも大変素晴らしい潜在的な可能性があると私は感じています。



大きな問題に直面した時こそ「よく考えて行動を」という言葉をよく耳にするのですが、そういったことに関してどうお考えですか?


究極的に言ってしまえば、それは一生懸命に生きるということです。
まだ若い世代の方には実感する機会がないかもしれませんが、それなりに年を重ねてくると下手な生き方をしたくない、と思うものです。そうなれば、やはり自分の生き方に真剣に向き合うようになるのです。しかし、若い頃にはそんな風に客観的に見ることはなかなか難しいでしょう。全てがうまくいく人は滅多にいませんし、努力したから必ずしも全て順調にいく訳でもありません。しかし、どんなに良い生活をしている人でも、ふと後悔や迷いに直面することもあるでしょう。そう考えれば、まだ若い人たちが壁にぶつかるのは当然のことです。
挫折することも逃げてしまうこともある中で、人というものは必ずどこかで自分の人生や生きることについて考えています。ですから、一生懸命になってやってみるというのがやはり大事なのではないでしょうか。私が先程も申し上げた一度しかない人生、悔いのないようにしたいというのはまさにこのことにつながります。



最後に若者へのメッセージをいただけますか?


戦後の焼け野原から復興し、高度成長がはじまって気がついたらに世界第二位の経済大国。ところがあっという間に壁にぶつかって未来永劫の経済成長神話が崩れた瞬間のこの国はあまりにも脆かった。長い停滞の間、越えられない壁を目の前にして、今でもある程度年を重ねた方の多くは「こんなはずではなかった」と思っているでしょう。
皆さんはまずはそういう歴史をきちんと学び「良かったこと」「やむを得なかったけれども失敗だったこと」を土台として、過去の「メリット」「デメリット」をきちんと自分の頭の中で知識として消化して欲しいと思います。
今の大学生の方々は生まれた時からバブル崩壊・就職難。明るい未来が見通せず、もしかしたらバイタリティの高まる年代ではないかもしれないですが、そう言っても30・40代がもう日本を動かしています。次は皆さん方の番。このバトンは受け継がなければなりません。前の世代の責任とだけ言い放つことは誰でもできるけれど、本当に必要なのは、自身の知識をフル活用してこれからの展望を考えること、そしてそこに共通項ができて大きな力になれば日本は再生するとおもいます。
それは経済的な豊かさだけではなく、国際的に一目おかれるという存在としての意味です。かつて、世界第二位の経済大国になっても世界に新しい価値観を発信するナビゲーターに日本がなったことは一度もありませんでした。ヨーロッパの国々を見かけで追い越しても、国際的な発言力はいつも二番手。私自身も現地で見てきたことですが、その原因の一つに日本のやり方があったことは否定出来ないと思います。本当にこのやり方でよかったのか?他の選択肢はなかったのか?そういうことを真剣に問い直すことも必要です。

もしかしたら我々の世代はそういうところに気づく時間もなく、超えられない壁まで到達してしまったのかもしれません。見かけ世界2位からすぐに10位以下になるシナリオ。そんなシナリオを20年前に考えた人はおそらくいませんでした。このシナリオをそれでいいと思えばそれ以上はありません。
スキージャンプと同じで、歯を食いしばってがんばっているからこそ伸びていく。経済発展・成長に傾倒したことは悪ではないでしょう。ただ、もし日本が再び成長できる時代が来て次のステージに立つことができたときには国際的な環境の中で、日本が経済力以外の面でも顧みられるような、一定の重きを持った発言のできる国にしていかなければならないと思います。

日本がこの長い停滞期をこえたら、次はリーダーの一員として名目も実質も兼ね備えてほしい。皆さん方にはそういう社会を作るためにはどう生きるべきか考えて欲しいです。



(インタビュー:2012-11-07)


昭和51年  3月  慶應義塾大学法学部政治学科卒業
昭和51年  4月  日本貿易振興会(JETRO)就職
平成14年  4月  日本貿易振興会(JETRO)退職
【その間,通算9年間にわたりフランス及びベルギーに留学,勤務で滞在】
平成  3年  9月~平成  6年  3月  中央大学非常勤講師(国際関係論)
平成14年  7月  調布市長就任
平成18年  7月  調布市長(2期目)
平成22年  7月  調布市長(3期目)
※プロフィールはインタビュー時のものです。