ジャパンプロデューサーインタビュー

Vol.206 [首長] 福岡 洋一 大阪府茨木市長 「『次なる茨木へ。』に向けて」

〝『次なる茨木へ。』に向けて〟
茨木市長 福岡洋一
JAPAN PRODUCER INTERVIEW vol.206

ノーベル賞作家・川端康成ゆかりの地でもある茨木市。
大阪と京都の中間に位置する茨木市は利便性が高く、
緑も豊かであると人気を博しています。
2018年には『未来茨木市2018〜未来のいばらきコンテスト〜』を開催するなど、
若者の考えを積極的に聴き入れています。
そんな茨木市の市長である福岡洋一市長にインタビューしました!

< 市長になると決めたきっかけ >

ー福岡市長が市長になる!と志したきっかけを教えてください!

福岡市長:

まず、父親が亡くなったときに「人が死ぬのってあっけないな」と思ったんですよ。
そして自分の人生を見つめなおしたんですよね。
そうすると人の役に立ちたいと強く感じ、その一環として私をここまで育ててくれた茨木市に対して恩返しをしたいと思いました。

そのような考えもあり、青年会議所で活動をしていたところ、前の市長さんがメディアをにぎわすことを起こしたんですよね。

その時に「僕が思っている茨木市と違うことになっているんじゃないか?」と強く感じました。

中学生の頃にいわゆる贈収賄事件であるリクルート事件が起こりました。
その時に「そんな贈収賄なんてアカンってわかってるやん!」ということに対して
偉いとされている議員さんや閣僚の人などが関わっていることに疑問を持ち、
良いことも悪いこともわからん人が政治をしているぐらいだったら、
自分がそのポストをひとつ埋めてやるぞという気持ちはもつようになりました。

そしてこの茨木市で似ている事案が起こりまして、中学生当時に宿っていた想いが再燃しましたね。お金儲けをしたいのであれば政治の世界に飛び込むな!と思っていました。

そして青年会議所の中で議員さん含めて多くの方がいらっしゃったため、
その中からたまたま「市長選に出てみないか」とお声がけをいただきました。

最初、自分はまだまだ勉強中の身だからと断ってきたのですが、
市長が最もまちへの恩返しに繋がると考え、手を挙げさせてもらいました。

三日で決断、三週間で選挙でした(笑)

< 「次なる茨木へ。」に込められた想い >

ー茨木市では「次なる茨木へ。」をスローガンに掲げていますが、この「次なる茨木」に込められた想いを教えてください!

福岡市長:

僕は昭和50年生まれの40代になります。
バブルが崩壊した姿しか知らない中で、人生の先輩方から「バブルの時はよかったんや」というお話を聞かされてきました。

さらに僕らの世代は高度経済成長期が終わり、就職氷河期を迎えるなど停滞ムードの中で若い時を過ごしてきたこともあり、上の世代の方々との価値観のズレを感じてきたんですよね。

上の世代の方々は冷蔵庫やクーラーなどの『〝モノ〟が生活を豊かにしてくれる』といった価値観をもっています。

しかし、僕たちにとってモノを買う余裕はその当時は無く、さらに生活を一変するようなモノもあまりありませんでした。

そして人生を生きていく中で豊かさ・幸せになるものとして
「やりがい」や「経験」、振り返った時の「思い出」といった
『〝コト〟が大切である』という価値観が大切であると感じるようになりました。

このように〝モノ〟から〝コト〟へと価値観が変容している中で
この茨木市で〝コト〟がたくさん繰り広げられる場づくりをしていくことが
『次なる茨木へ。』の中心的な想いになっています。

ー「次なる茨木へ。」に向けて重点的な施策はなにかありますでしょうか。

福岡市長:

今の世の中は「ストレスの多い社会」で自分の心の中が不安や心配で苛まれている人も多く存在します。

なぜなら皆、それぞれに課された役割を果たさなければいけないところにいるからです。
学生でしたら将来に向けて勉強しなければいけないという顔があり、
家に帰ると家族の中では子供という顔があり、言葉遣いも学校や家では違う人が多いのではないでしょうか。
その結果、学校や家庭などにどこか枠にはめた自分自身がいることで一定のストレスを感じてしまう人が出てきます。

このことから、もっともっと自分らしくいれる場所・色んな責任から解放されている場所、つまりサードプレイスというものを生きがいややりがいを感じてもらう〝コト〟のひとつとして確保していく必要があると考えています。

実は町の中にもこのようなサードプレイスはたくさんあります。
例えば図書館や公園やカフェなどがそうです。

このような既存のサードプレイスも活かしながら、
より多くの人に使ってもらえる仕掛けをしていくことが大切だと思っています。

ー駅から歩いてくる中で市民会館跡地の新施設の開発現場を拝見したのですが、その新しくなる市民会館もサードプレイスの目玉になるのでしょうか。

福岡市長:

もちろんサードプレイスという目的もありますが、もうひとつあります。

市長としても市民の豊かさや幸せをサポートすることが仕事だと思っているのですが、
人生を彩っていく中で「偶然の出会い」というものが非常に大切だと考えています。

私自身、30歳で改めて弁護士を目指し、弁護士を勤めつつ青年会議所に入り、色んな人たちに出会い、視野が広がりました。
この市長選に出馬することも偶然の出会いによってもたらされた結果でもあると思います。

このように偶然の出会いによって人生が変わっていく場面が多々あります。

その出会いがあることで、自分の選択肢が広がり、思ってもみない展開が起こることもあり得るためこの「偶然の出会い」をこの新しい施設の中で起こすように仕掛けようと考えています。

例えば公演を鑑賞しにホールに来るというひとつの目的で来た人たちに、
ホールで何かを聞く以外にも色んなものを目にしてもらうことで、思わずその場にいた人たちと話してしまうような仕掛けなどです。

だからこそホールには簡単にはたどりつけないし、
ホールから出た後も、すぐに家に帰ろうと思わないようにしていきたいですね。

最初はひとつの目的できた人が結果的にふたつみっつと色んな行動を起こし、
「偶然の出会い」を生み出していけたらと思っています。

この新しい施設こそが『次なる茨木へ。』の象徴です!

茨木市新施設パース画像

< 『次なる茨木』のその〝次〟 >

ー『次なる茨木へ。』が達成された時、市民に茨木市がどのようなまちであると思ってもらいたいですか?

福岡市長:

基本、日本の社会は不安を解消することが問題解決の中で最もトップにくると考えています。

やはり、安心というものをどれだけ市民に感じていただけるかが勝負かなと思います。
例えば防犯や災害対策、子育てなど広くサポートしてもらえる体制があると感じてもらえることが大事です。

市民がまちから排除されてない、まちの一員として市から目を向けてもらっていると思っていただき、そして市民の皆さんからは安心して住んでいける町として思っていただけると幸いですね。

やはり〝楽しい〟は〝安心〟の先にあると思います。

また、あまり人と関わりたくないという人がいると思うのですが、
彼らは本当の意味で独りでいたいというより、適度な距離感で人と繋がることを求めているんだろうと思っています。

地縁組織の中ではやはり距離が近いし、負担も大きいと思います。

しかし子供たちの見守りなどの観点から考えると
地域の人たちの目があるということに対して安心感が得られます。

適度な距離感のためには少しおせっかいなくらいがちょうどいいと思います。

もともと茨木市は、子供たちのために汗をかいている人が多い町で、子供向けのイベントなども非常に多いです。
そのように少しおせっかいな土壌はあるのですが、あまりに市民の負担が多いようなら行政が負担を肩代わりするなどして市民の皆さんの想いが結実するようにしていきたいです。

ー次なる茨木の〝次〟は何か考えておられますか?

福岡市長:

先ほど、「モノからコトへ」を軸に考えているとお話しましたが、
その次は〝トキ〟ではないかと思っています。

〝コト〟であれば、どちらかというとサービスを受け手として消費することで幸せに繋がる考えなのですが、
〝トキ〟であれば、創っていくところから時間を皆で共有していくことが幸せに繋がると考えています。
〝トキ〟も適度な距離感の延長側の話で、色んな人と何かを創りあげていって、一体となる時代になるのではないでしょうか。

< あえて違う世界を見てみる >

ー政策立案コンテストに参加する学生に対してメッセージをお願いします!

福岡市長:

コンテストって基本的にオチが決まっているんですよ。
だいたい提案していただいた案はどれも実現できるけど、本気でやらないとできません。
どんな提案でもしていただいて大丈夫なのですが、内容を考えるうえで本気で打ち込める、やろうと思えるものに出会えるといいですね。

できればコンテストで取り上げるテーマとしては偶然の出会いという視点からも自分の全然興味のないテーマを取り上げてみるのもいいかもしれません。
あえて自分の興味のない世界に目線をいれてみることで「こんな世界があったのか!」と知るきっかけ、飛び込んでいくきっかけになるかもしれません。

ぜひ全然興味ない分野を取り上げて、コンテストで頑張っていただけたらと思います。

(インタビュー:2022-02-10)

プロフィール

■生年月日 昭和50年10月16日
■略歴
昭和50年 茨木市東奈良にて出生
昭和63年 茨木市立沢池小学校卒業
平成 3年 私立金蘭千里中学校卒業
平成 6年 私立金蘭千里高等学校卒業
平成14年 大阪大学法学部(国際政治コース)卒業
平成20年 甲南大学法科大学院修了
平成22年 弁護士として勤務開始
平成28年4月 第20代茨木市長に就任
令和 2年4月 第21代茨木市長に再任(2期目)

※プロフィールはインタビュー時のものです。
福岡市長とのインタビューの様子
2022年2月10日 茨木市役所にて
(中央:福岡市長 左右:ドットジェイピースタッフ)

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