ジャパンプロデューサーインタビュー

Vol.221 [首長] 後藤 圭二 大阪府吹田市長 「来し方行く末 未来を生きる若者に伝えたいこと」

〝来し方行く末 未来を生きる若者に伝えたいこと〟
吹田市長 後藤圭二
JAPAN PRODUCER INTERVIEW vol.221

大阪大学、関西大学、大阪学院大学、
千里金蘭大学、大和大学と
数多くの大学が所在する吹田市。
万博記念公園の太陽の塔はあまりにも有名です。
今回は政策立案コンテストについてはもちろん、
これからの時代を生き抜くために大事にしなければいけないことを
後藤市長に教えていただきました。

< 市長になるまでは二種類。市長になってからは一種類。 >

ー後藤市長は吹田市の職員をされてから市長に立候補したと拝見しました。昔から市長になろうと思っていたのでしょうか?

後藤市長:

まず市長になっている人には二種類の人がいます。
ひとりは〝なりたくてなった人〟、もうひとりは〝推されてなった人〟です。
もちろん政治家の定義も一様ではないのですが、政党に直接関わるなど政治活動をしていた結果市長になった人と、市政に対してこのままではほっとけないという想いが結集し、周囲に推されて立候補する人という2種類に大きく分かれると思っています。

そのような意味では私は完全に後者です。市長になるということは全く考えていませんでした。行政で働いている人間で市長になりたいという人はまずいないのではないでしょうか(笑)

やはり、市長の大変さということを身近で感じているため、自ら手を挙げる方は少ないと思います。

ただ、大きな期待を背負い推されてなった限りはそこで覚悟をします。
市長になった限りは考えることは同じです。

よく市の職員などの行政職員が市長になった時、メディアでは政治経験がないからと言われますが、この「行政」というものは政治と切り離すことはできません。行政出身の人は政治経験が大いにあります。ここをとらえ違わないようにお願いします。

ー〝行政職員は政治経験がある〟とのことでしたが、後藤市長もおっしゃられていたように、行政職員だからこそ、市長の大変さを知っているからこそ、なかなか立候補はできるものではないと思います。その中で後藤市長が立候補しようと思われた出来事はなんだったのでしょうか?

後藤市長:

いい質問ですね(笑)
実は私は3ヶ月に渡って立候補を断り続けてきたんですよ。
少し経緯を説明させていただきますと、当時、私は市役所で機嫌よく楽しく部長職として仕事をさせていただいていました。市長に立候補するということは、たとえ当選しようとも落選しようとも人生がガラッと変わることを意味します。市長になることは自分の人生設計に全くなかった道だったため断り続けていました。

では、どこで立候補を決断したか。私自身、地位や名誉やお金に全く興味がなかったのですが、仕事に対しては強い責任感をもっていました。もし私が市長にならなければ、私が責任をもってやってきた仕事が全て崩れるよ、と痛いところを突かれた時、立候補する意志を固めました。

ーちなみになのですが、もし後藤市長が市長にならなかった場合、自治体にどんな影響があると考えられたのでしょうか?

後藤市長:

当時、吹田市は財政的にも豊かで人口も増えており、そのような中で財政非常事態宣言を行い、多くの福祉・文化・スポーツを削減することになりました。これはいかんなと思いましたね。その思いが立候補を決断する決め手となりました。

今までのシステムを変えていくという改革にはプラス面とマイナス面があります。マイナス部分が大きすぎると揺り戻しが必要です。社会や国民は、健全な意識で行きすぎたら揺り戻す、戻りすぎたらまた先へ行くという判断を下しています。その繰り返しが世の中を創っているのではないでしょうか。

< 多様性の本質 >

ーHPを拝見している中で後藤市長は吹田愛が強い人だと感じました。そんな後藤市長の考える、〝理想の吹田市〟とはどのようなものか教えてください!

後藤市長:

よく家内にも「あんた吹田市のことめっちゃ好きやな」って言われるんですよ。
中学・高校は大阪市内の高校に通い、東京の大学に通っていましたので、私としては相当客観的に吹田市を見ていると思っているのですが、吹田愛が強いとよく言われます(笑)

〝理想の吹田市〟という質問でしたが、少し考えてみてください。

〝理想の自分〟と聞かれた場合は、なんとなく想像がつくと思います。

では〝理想の家庭〟と聞かれたらいかがですか。
「いや、私独身のままで良いんやけど」と家庭を理想という枠で括らないでくれという観点が生まれます。

〝理想の自治体〟はいかがでしょうか。
〝理想〟という言葉を使った時点で、その〝理想〟の枠からはみ出ているものを切り離してしまっているんですね。

皆さんにはぜひ多様性の本質を理解していただきたいです。

皆さんの中にも「こういうの普通やんね」「これが普通やん!」という言葉を使ったことがあるのではないでしょうか。実はこの言葉は多様性を受け入れていません。

〝普通〟と〝普通でない〟を分けているんですよね。

多様性とは、「ひとりひとりが普通である」という考え方です。
「男は~」「公務員は~」「あの地方に住んでいる人は~」という言葉を使うときは本当に注意してください。自分の中で勝手に理想を作り、勝手に仕分けをしているため、多様性を認めることと全く逆の行為をしています。

ー確かに私も自分の中で勝手に仕分けをして、区別をしてしまっているかもしれません。自分の価値観を無意識のうちに押し付けてしまってはいけませんよね。

後藤市長:

その前提のもと、お話に戻りまして敢えて〝理想の吹田市〟についてお答えをします。

私が思う〝理想の吹田市〟は、市民が市役所や市政を全く意識せずに住める自治体です。つまり、決定的な不満が無い自治体です。

もちろん色んな不満があると思います。
家の前の道路が凹んでいるであったり、渋滞がしやすいからなんとかしてくれであったり。
しかし、命・健康・暮らしに関わるような決定的な不満が無い町というものが理想と考えています。ある意味70点の町ですね。100点は絶対にあり得ません(笑)

ー決定的な不満が無い町、70点の町が理想とおっしゃられていましたが、このように理想を考える上でのコツは何かありますでしょうか?

後藤市長:

色んなことを知ることですかね。
学生さんはお金が無くても時間がたくさんある人が多いでしょう。これが最大の武器です。
社会に出た時点で、仕事を辞めるまで時間を奪われます。いくらお金を積んでも時間は買えません。

今、経済的にしんどくてアルバイトをしている人も多いと思うのですが、我慢してでも2週間休む・1か月海外に行くなどをして世界を広く見る経験を積むことで、客観的に自分が住んでいるところを見ることができます。

隣の芝生は青く見えるといいます。例えば私は「パリの街っていいよね!」って思っていました。しかし、実際にパリに1回行ってみると、車いすや自転車の人が全然いないことに気が付きました。
よく考えてみるとあの石畳の上を車いすが通れるわけがないですよね。
全くバリアフリーじゃないところに驚きました。これは実際に行ってみないと気づくことはできませんでした。
「日本の街よりパリがいいよね」と思っていた私は、パリの一部しか見ることが出来ていないということに気づかされました。

日本人が外国に対するイメージを語るときは、私たちが外国人に〝フジヤマ・ゲイシャ〟と思われていることと同じだと思ってください。

実際にその足で現地に赴き、その目で見てみて、同じ目で自分の街を見てみることで
自分の考える理想ってなんだろうか、人の幸せってなんだろうかと若いうちに気づいてもらいたいと思っています。

< 過去と未来の両視点を持ち、〝今〟を客観的に考えることが重要 >

ー理想の自治体に向けて市長の公式サイトにも掲載されてありました『これからの吹田市にほんまに必要な100のお約束』を達成するために東奔西走されているかと思いますが、この政策はどのように考えられたのでしょうか?

後藤市長:

実はその約束は元々400~500個ありました(笑)
そんなに書いても仕方ないとのことで、100に絞る作業はしんどかったですね。

なんとか約束は100個に絞りましたが、やるべきことは400~500個あります。
この100個は元々あったものを整理させてもらっただけなんですね。30個のやるべきことを膨らませて100個にしたわけではありません。この課題整理は、行政に携わってきた人間だからこそ出来たことだと思います。

ーその400個以上あった項目を100個に整理したとありましたが、どのように整理をされたのでしょうか。なにかしら基準などを設けていたのでしょうか?

後藤市長:

基準はそこまで厳密にはありません(笑)
ただ言葉として行政用語は使わず、市民が2行の文章を読むだけで理解できるようにはしていきました。

ーでは改めてこの『100の約束』を実現・考える上で意識をしていたことはありますでしょうか?

後藤市長:

ふたつあります。

まず、公務・行政の特権でもあるのですが50年先の未来を考えていました。
企業に就職される方も多いと思うのですが、厳しいことを言いますとその企業が50年後に存在しているかどうか保証はありません。10年先も読めない世の中になっていますからね。公務・行政は普段から20年・30年・50年先の話をしています。
3世代ほど先の未来まで責任を持たないと行政の仕事はできません。

しかし、いわゆる経済的な費用対効果はこの未来を見据えるといった考え方をゆがめます。
行政は〝効果対費用〟だと考えてください。
効果を上げるために最小の費用でやる。
これは費用対効果をベースとする民間企業の考え方と大きく異なる世界です。
そこが行政の仕事の素晴らしいところです。

50年先を考えるとします。皆さんのお孫さんの世代ですね。
その50年後のあるべき世界からフィードバックを受けて、今何をすべきかを考えています。

例えば、水道管が破裂するという事例があります。それを教訓にすると50年後の水道管はどうあるべきかを考えます。
50年後の福祉は社会がどんどん変化していっているため難しいですよね。
しかし、道路や橋などのインフラのシステムは変わりません。日に日に劣化していくでしょう。それならば今何をすべきなのかを考えていくことが重要です。

もうひとつは50年前を考えるということです。皆さん生まれていませんよね(笑)
せめて20年前でもかまいません。
20年前の社会はどうだったか、その歴史があったからこそ今があります。

20年前の過去からのフィードフォワードを受け、20年先のあるべき世界からのフィードバックを受けて初めて政策が決まります。

そのようなことを〝来し方行く末〟という言葉で表すのですが、
若者の多くはしっかり過去の経過を理解せずに理想の先を描いてしまいがちです。
もちろん成功することもあるでしょうが、十中八九は失敗に終わってしまいます。
人は過去から生きています。皆さんの先輩方、何十年も生きている方々の生活を激変する改革というものは、非常に慎重に行わないとある意味革命になってしまいます。

血気盛んな方々もいますが、そこは少し皆さんで「やりすぎちゃうか」「それをするのに20年はかかるで」と議論ができると、政策の厚みが増すと思いますね。

ー50年先を見ているという言葉がありましたが、後藤市長は50年後の吹田市はどのようになっているとお考えですか?

後藤市長:

そもそも吹田市が存在し続けていることについて懐疑的ですね。
それは自治体変遷の歴史を見ていくとわかります。
今の日本には1700を超える自治体が存在します。
少し前まで3000~4000の自治体が日本には存在していたのですが、合併の繰り返しでここまで変わりました。

先ほど述べたように50年前から今を見たうえで50年後を想像すると、今のままであるはずがないじゃないですか。もちろんあるかもしれませんが(笑)

自治体の制度自体が変わる可能性もあります。
大阪でも関西州ができるかもしれないという話があったように、世の中は目まぐるしく変化していきます。

50年後の社会がどうなっているかを考えるのは良いと思いますが、50年後の吹田市がどうなっているかを考える時には偏見がかかってしまいます。吹田愛が入ってしまうんですよね(笑)
そうすると結局は吹田市のためにはならないと考えていますので、出来るだけ客観的に考えるようにしています。

ー想いがあればあるほどその自治体のためになるとは限らないんですね。よければ客観的に考える上でのコツなどあれば教えていただきたいです!

後藤市長:

スポーツのチーム戦をイメージしてください。

例えばサッカーで最高のシュートを打つとします。
どのようなシュートを想像しますか?仮にそれがものすごいスピードのシュートだとします。しかし、それがキーパーの真正面にいってしまうとはじかれてしまいますよね。

そうではなく、キーパーの動きを見ながら適切なシュートを打つことが大事なんです。
自分だけのベストを尽くしているだけではいけません。

これからの社会で生きていくうえでは、多くの相手が存在していることを忘れないでください。そして、その相手に合わせたベストなシュートは何か、もしかしたらパスを出した方が良いのではないかと考えることが重要です。これをできる人が社会を変えられると思います。

自分のベストが社会のベストではない可能性があることを忘れないでください。

昔話になりますが、私も大学生でクラブを率いていた時に、「みんなこう思うやんな!これで頑張ろうや!」 と勢いで言ってしまい、ある女子に〝みんながあなたじゃない〟と言われたことをよく覚えています。

「みんなこれやろや!おもろいやん!」と今でも思うのですが、ふと立ち止まって〝みんながあなたじゃない〟という言葉を思い返すようにしています。もう少し腹に落としてから言わなければいけないと気をつけていますね。

< 過去を振り返り、議論に厚みを持たせること >

ー改めて政策立案コンテストを行う学生たちに向けてメッセージやアドバイスをください!

後藤市長:

まず私が皆さんと同世代の頃は「町が~社会が~」なんて全く考えて来なかったので、頑張っている皆さんを尊敬します。

その上でアドバイスをひとつ。読書量を増やしましょう。
過去から学んでいないので、薄い議論になってしまうのではないかと思います

いわゆる団塊の世代の方々の時代は、高校生の時から「町が~社会が~」と考えていましたね。
高校生が社会をリードしていると言っても過言ではなかったでしょう。先生方と対等に議論をしていたと思います。今でも韓国やミャンマーなど、高校生が社会を動かしている国はたくさん見られますが、日本はどうでしょうか。多数の大学生がほぼ高校生状態になっています。

何か語ろう、こうあるべきだと語ろうと思う前に、まず調べることが大事です。
それもネットではありません。本を読まないといけません。ものすごい量の情報をまとめているものが本ですので、責任があります。本選びが大事ですね。

ー確かに読書は大事ですね。ただ最近は本の数も多く、どの本を読めばいいかわからないといった声もよく聞きます。本を選ぶコツは何かありますか?

後藤市長:

ヒントとして新聞記事の書評があります。まずその書評を入口にしましょう。
この書評は個人個人が好きな本を紹介しているわけではありません。
書評委員会というものがあり、皆が集まってどの本の書評を書くかの会議をした上で執筆をしています。ここには本屋からの営業的要素は入っていません。とても真面目な人たちが「ぜひみなさんに読んでほしい」と議論を重ねてできたものですので、まずこの書評を読んでみましょう。

(インタビュー:2022-03-18)

プロフィール

■生年月日 昭和32年6月18日
■略歴
吹田市片山町生まれ
吹田市立千里第一小学校卒業
大阪星光学院 中学校・高等学校卒業
昭和55年(1980年) 東京水産大学(現 東京海洋大学)水産学部卒業
同年4月 吹田市役所入庁、水道部に配属
以後、市長室参事、環境政策推進監、環境政策室長、道路公園部長等を歴任
平成26年(2014年)10月 退職
平成27年(2015年)4月26日 吹田市長選挙にて初当選
同年5月14日 第20代吹田市長に就任
平成31年(2019年)4月21日 吹田市長選挙にて再選
令和元年(2019年)5月14日 第21代吹田市長に就任

※プロフィールはインタビュー時のものです。
後藤市長とのインタビューの様子
2022年3月18日 zoomにて
(左:後藤市長 右:ドットジェイピースタッフ)

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