コラムcolumn

2022/2/12 ジャパンプロデューサーインタビュー
Vol.196 [首長] 柴田 義朗 岡山県玉野市長 「若い世代が住み続けたいと思う港町玉野市」

〝若い世代が住み続けたいと思う港町玉野市〟
玉野市長 柴田義朗
JAPAN PRODUCER INTERVIEW vol.196

岡山県の南端、瀬戸内海沿岸に位置している玉野市。
長年、玉野市のまちおこしに尽力されてきた柴田市長にお話をお聞きしました。

< 玉野市長を志したきっかけ >

ー長年岡山県職員として働かれた後、玉野市長になろうと思ったきっかけを教えてください。

柴田市長:

私は岡山県の職員として、いわゆる行政の職員として37年働いてきました。その行政経験を活かしてふるさとである玉野市のために頑張ろうと思ったのがもともとの思いでした。また、「市長にならないか」という声がかかったこともきっかけになって目指してみようと思いました。

ー市長になるという決断をするのはかなり勇気がいることだと思うのですが、市長になるという決断に踏み出せたのはなぜですか。

柴田市長:

実は最初は市長になることに対してそこまで深く考えてはおらず、何とかなるだろうと思っていました。
私自身、行政職員として市長になるまで政策決定に携わってきました。しかし、政策の最終決定をするのは首長であったり議員の方々で、自分は黒子役として段取りなどのいろんな準備を行うことがほとんどでした。
そんな中で自分の想いとか政策を実現するという新しい立場になってみたいと強く思うようになったからです。

ー玉野市長を目指す中で、玉野市に貢献しようと思われたきっかけについて教えてください。

柴田市長:

高校生の時まで玉野市に住んでいて、大学は東京だったので玉野市を離れました。その後、玉野市に戻ってきて、玉野市内で子育てをしたり、PTA活動をしたり、地域おこしに関わったりしました。まちづくりという点では、玉野市出身の漫画家いしいひさいち先生が手がける「ののちゃん」という四コマ漫画があります。せっかく「ののちゃん」という題材があるのだからと、友人を通じて当時の市長に「ののちゃんを用いたまちおこしをしてはどうか」と提案したところ、賛同していただき、NPO法人の活動として約10年間「ののちゃん」でまちおこしをしていた時期もありました。このような玉野市に住んだ経験と玉野市のためにまちおこしを行った経験がベースにあり、玉野市のために自分のできることをしようと思いました。

< 玉野市に対するビジョン >

ーこれからの玉野市に対しての具体的なビジョンなどを教えてください。

柴田市長:

玉野市に住むすべての方が『心豊かに暮らせる街』を目指していきたいと思っています。また、玉野市の特性を活かしつつ、街の活性化を図っていけたらなと考えています。玉野市の特性でいうと、海や港があるということが玉野市の大きな特徴であり特性です。これらの海や港を使って観光振興や産業発展を目指し、いろんな方々がこの街に魅力を感じて訪れたり、住んだりしてくれる、そんな港町を思い描いています。

ー理想の玉野市を目指す中で特に若い世代・子育て世代の支援に力を入れている理由を教えてください。

柴田市長:

若い世代や子育て世代の支援をしていこうとしているのには私の原体験があります。私が子どもの頃、玉野市は宇高連絡船という宇野港と高松を繋ぐ連絡船の玄関口でもあり、造船関係でも栄えた街でした。玉野まつりという大きな祭りもあって市民みんなで盛り上がる本当に賑やかなところでした。

しかし、造船不況が長引く中で年々造船業が衰退し、宇高連絡船やフェリーも休止となってしまいました。今や高松とも直接は結ばれておらず、寂しい状況になってしまいました。それに伴って人口もかなり減ってしまいました。ピーク時には8万人いた人口がいまや5万6千人台です。 

そうした中で、玉野市をいつまでも市民の皆さんから「住みやすいな」、「住み続けたいな」と思ってもらえるような街にしていくには、やはり若い世代がこの街に住んで子育てをして生活を営んでいただけるような街にしていかないといけないと考えています。そして、またかつての賑やかな玉野市を取り戻すためにも、若い世代に焦点を当てそこにアピールしなければならないと思います。

ーその他にも玉野市民が心豊かに暮らせる街をつくる上で具体的に取り組みたいことがありましたら教えてください。 

柴田市長:

少子化対策については、まずは結婚を希望する方が結婚できるように後押しできるような政策を進めて行きたいと考えています。具体的には結婚をするにあたって必要になってくるお金の補助などを進めていきたいです。子育てに関しては、経済的支援も必要ではないかと考えております。

また現在は、世界的に環境問題に目を背けられなくなっている状態にありますよね。気温が上昇することで気候変動や危機も言われています。もちろん、玉野市だけでできることは限られてくるとは思うのですが、世界の潮流に合わせて、玉野市としてもできることをやり、役割を果たしていくことで市民も玉野市に住むことに誇りを持てるようになるのでと思います。特に玉野市は海に面したところですので、海ごみをはじめとする海の環境を守っていけるようなことに着目してできることをしていきたいです。玉野市では来年から可燃ごみの有料化が始まります。これを契機に、ゴミの排出量削減にも力を入れていきたいと思います。

< 玉野市の課題 >

ーこういった取り組みをされていく中で玉野市の一番の課題は何だと考えられていますか。

柴田市長:

他の自治体でもいえることだと思うんですが、やはり財政面で制約が多いことが課題だと思っています。玉野市は、「平成の大合併」と呼ばれる時期に合併をしていないので独自の財源でやりくりをしていかざるを得ない状態にあります。
これまで基金を貯めるなど工夫はしてきたものの、老朽化した公共施設の整備など、相当のお金は必要になってきます。これからも工夫を重ねていき、玉野市を市民が心豊かに暮らせる街にしていけるような政策を実施できるようにしたいと考えています。

< 学生へのメッセージ >

ージャパンプロデューサーとして、学生にメッセージをいただけないでしょうか。

柴田市長:

まずは社会に関心をもち、斬新な発想や「こんな風にしていきたい」というような漠然としたもので良いので自由な発想から出発すると良いと思います。しかし、自由な発想だけでは、法令や財政などの制約が出てきます。あまり大きな構想を立ててばかりでは現実性がありません。その中で、まずは自分たちにできることは何かということを考えることが必要だと思います。例えば、英語が得意な人は実際に英語を小中学生に教えるといったことでもいいです。そうやって、出来る事を実際にやる経験を積むことと自由な発想が組み合わさることで、良い政策が作れると思います。

(インタビュー:2022-1-11)

プロフィール

■生年月日 昭和36年7月19日
■略歴
昭和55年 3月 岡山県立玉野高等学校 卒業
昭和59年 3月 中央大学 法学部 法律学科 卒業
昭和59年 4月 岡山県庁 入庁
平成 6年 4月 三井造船株式会社 派遣
平成 7年 4月 岡山県庁 復帰
令和 2年 4月 公立大学法人 岡山県立大学 副理事長 兼 事務局長
令和 3年 3月 岡山県庁 退職
令和 3年10月 玉野市長

※プロフィールはインタビュー時のものです。
柴田市長とのインタビューの様子
2022年1月11日 zoomにて
(上:柴田市長、下:ドットジェイピースタッフ)

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