ジャパンプロデューサーインタビュー

Vol.102 [首長] 岡田 義弘 安中市長 「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。」

市長

安中市長 岡田 義弘
所属 安中市長
選挙区 群馬県安中市

 

市長になろうと思われたきっかけはなんですか?


私は以前県議会議員だったのですが、その時に安中市で50億円もの汚職事件がありました。その中身は、承認が降りた金銭証書に後で数字を付け足すというレベルの単純な手口でした。それなのに、誰も気付けなかったのです。当時、県議会議員としてこの事件を見た時、こんな愚かな行政は無いと思い安中市へ戻ろうと決意しました。



市長の子供時代のことについて教えてください。


私の子供の頃はまだ終戦直後でろくに食べ物も無い時代でした。私の家は地主だったのですが、GHQの農地解放で本当にお米一粒ですら食べるものがなくなってしまったのです。当時は相当にひもじい思いをしたのを覚えています。
その上、父が今で言う脳梗塞で倒れてしまい父は働きたくても働けず、日によっては食べるものがなにもない本当に地獄のような生活でした。そういう生活を経験していたから、選挙に出るときも落ちたらどうしようとはあまり考えず、落ちたら草の根でもしゃぶっても生きていこうと、そういう心構えをもっていたのかもしれないですが…。
当時一番印象深かったのは小学1年生頃の出来事なのです。当時は残った畑でさつまいもを作って日々をしのいでいたのですが、冬になると畑の隅に穴を掘って、麦わらで囲ってさつまいもを保管しておくのです。ところがある日、その土が動かされているのに気が付きました。父がおかしいと思って月夜の晩に見ていたら、遠くから麻袋を背負って子連れでさつまいもを掘り起こしに来ている人を見つけてしまいました。当時は、誰もが貧しい時代なので、なんとか食糧を探してその日を過ごそうとしたのだと思います。悪いことには違いないのですが、その後のその人たちの行動をみて、父は通報することができませんでした。というのも、盗んだ親は芋の皮を食べて、子供に実を食べさせていたのです。その様子を見ているといたたまれなくなって通報なんて出来なかったと、互いに他人の心がわかる時代だったのだなと思いました。



市長になって取り組んだ事はなんですか?


一番は行政の透明性・公平性をもっと上げなければならないということです。
とくに汚職があったので行政経費についてはきちんと説明出来る形にしなければならないと思っていました。ただし、これをただ職員に「やれ」と言うだけでは絶対にできません。だからまずは、首長自らがやらなければならないと考えていました。
市には、公用車と運転手が首長・助役・収入役にそれぞれつくことになっていたのですが、まずはこれを廃止しました。そもそも首長・助役・収入役が居ても50億円詐欺されたのです。そんな相応しくない人たちにこんな待遇は必要ないと思ったので、まず一番にこれに取り組みました。
また、市長交際費も年290万円あるのですが、この領収書類は誰の目にも触れません。誰にも分からないから悪いことができる、こんな状態では市民の信頼は取り戻せないと思い交際費もHPに公開しました。



市長としていつも意識していることはなんですか?


まず、自分自身で何かをやらないと、職員の中で浸透しません。だからこそ自分が最初にやることを心がけています。
また市で起こる物事には全て自分が矢面に立とう、というのも心がけていることの一つです。改革には様々な批判が伴います。これを職員へたらい回しにするのではなく、問題が起こればまず自分が出ていききちんと解決する、こういう誠意を持った施策を自らがやることが重要だと考えています。



安中市の特徴を教えてください。


まず一つ目は温泉マークの発祥地であることだと思います。市内の磯部温泉が発祥の地です。また、図書館の前身の便覧舎が最初にできたのもこの安中市です。
近年盛んなマラソンも安政2年(1855年) 時の安中藩主板倉勝明公が藩士の心身鍛練を目的として碓氷峠の北野権現まで走らせたのが国内最初の例だと言われています。
これらはどれも有名なのですが、少し有名どころから外れると、市内には霧積温泉という明治~大正期は別荘地だった場所があるのですが、ここは明治憲法の草案がつくられた場所だと言われています。山奥だったので草案が漏れることもないからと、草案作りの場所に選ばれたそうです。



最後に若年層へのメッセージをいただけますか?


人の一生は重荷を背負って遠き道をゆくが如し。急ぐべからず。
これは徳川家康公の遺訓です。如何に今、自分の置かれている環境が不透明であっても、心にゆとりを持って対処することで、将来への展望が開けると思います。頑張ってください!



(インタビュー:2012-11-13)


馬県安中市議会議員 5期
群馬県議会議員       3期
平成18年 4月 群馬県安中市長初当選
現在2期目
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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