ジャパンプロデューサーインタビュー

Vol.175 [首長] 林 文子 神奈川県横浜市長 「重要なのは、人を受け止め喜んでもらうこと」

市長

神奈川県横浜市長 林 文子
選挙区 神奈川県横浜市長

 

市長になろうと思ったきっかけは何ですか?


自分が市長になるとは思ってもいませんでしたから、「市長選に立候補してくれないか」というお誘いをいただいたときはとても驚きました。当時は東京日産自動車販売株式会社の社長を務めていたのですが、思えばそこにいたるまでにも様々なことがありました。
私が社会に出たのは男女雇用機会均等法が制定される20年以上前の1965年のことでした。高校を出て、繊維メーカーに就職したものの、当時は男性と女性の仕事の間には完全に線が引かれ、女性は男性のサポート役としての仕事しか与えられませんでした。男性と同じように、責任ある仕事がしたいと転職を繰り返し、30歳を過ぎて、車のセールスの仕事に出会ったことが転機になりました。男性中心の世界でしたが、女性ならではの受容力や共感力を活かして、おもてなしのセールスを実践し、トップセールスを達成したのです。その後、支店長、経営者へとキャリアアップする中で、女性と男性が互いに強みを活かし合えば、必ず成果につながることを、身をもって証明してきました。しかしながら、現在でも日本では、重要な意思決定をするポジションに女性が就くケースは極めて少ない状況です。全国には1,789の自治体がありますが、女性の首長は26人しかいないこともそれを象徴しています。
横浜市は政令指定都市で最も人口が多い自治体ですが、これまで女性が市長に就任したことはありませんでした。私を市長にというお誘いの中でも、市民の皆様からは生活者の目線に近いきめ細かい市政を望む声も強く、そういう意味で女性の視点を取り入れたい、さらに、これからは自治体も経営の観点が求められるので、民間企業の経営に携わり、企業の再生も手がけてきた私の経験を是非活かしてほしいということでした。
これまで女性の視点を活かして企業の経営や再生を担ってきた私の経験を、行政の世界で活かせるのでは、という思いから、出馬を決意しました。



市長としての葛藤とやりがいについて教えてください。


市長になってみて分かったのは、一人ひとりの職員のやる気を引き出し、チームとして最大の成果をあげていくというマネジメントの基本は、行政も民間も違いがないということです。
一方で、民間との文化の違いに戸惑うことはありました。まず、市役所では、「やって当たり前」の世界で、できなければ批判の対象になります。また、市役所の職員は、入庁するときに、「市民に奉仕します」という誓約書に署名をしています。「市長は市民の選挙で選ばれた存在だから、市長に忠実に職務を遂行する」という忠誠心は強く、トップダウン型のマネジメントに慣れている反面、失敗を恐れずにボトムアップで自分から主体的に何かを創出することや、チーム力を発揮してミッションをやり遂げるということにあまりなじみがないように感じました。

民間企業では、社会の需要やニーズを読み取り、お客様に良いものを提供することでお金をいただきます。手探りで工夫に工夫を凝らして何か形あるものを提供して初めて利益を生むことができるのが民間企業です。一方、市役所は、毎年一定の税収を想定し、それに対して求められるサービスの中から必要だと思われるものを提供する。問題は、毎年入ってくる一定の税収をどう配分するかということになります。PDCAサイクルで言えば計画(Plan)をして、あとは決まったとおりに進め、その年度は終わってしまう。仮に失敗をしても、「ああできなかったな」で終わってしまう。「なぜできなかったのか」「どうすればできるのか」をきちんと考えて、執念で成し遂げるべきなのに、そういう姿勢が民間より弱いと思いました。

市役所のこうした「待ち」のスタンスを変えていくために、まずは私自身が直接、多くの市の職員と接点を持ち、「何をしたいのか」「どうしたらできるのか」をきちんと市の職員に考えてもらう環境作りを進めました。このことは、市の職員が市民の皆様をはじめ、外部の方と直に接点を持とうとするきっかけにもなりました。
例えば、保育所の待機児童問題がその代表例です。横浜市は、私が市長就任直後には全国最多だった待機児童数を、25年4月、ゼロにすることができました。市の職員はもちろん、民間の企業や事業者の皆様と一体になって、保育所の迅速な整備に加え、多様な保育サービスの提供など、ありとあらゆる可能性を追求した成果です。なかでも奏功したのが「保育コンシェルジュ」です。保育コンシェルジュは、保育サービス専門の相談員で、すべての区役所に配置しています。保護者の方お一人おひとりに寄り添って、希望する働き方を詳しく伺い、利用可能な保育サービスを丁寧にご案内しました。保育所に入れずに困っているご家庭にお電話を掛け、アフターフォローもしています。一見簡単な解決策に思えるかもしれませんが、それ以前は市の職員から、保育所に入れなかった方にご連絡を取るということは殆どありませんでした。こうした取組によって、お困りの市民の皆様の真のニーズに寄り沿ったサービスを提供することができました。
このように、これまでとは異なる行政という環境の中で、私が民間企業で培った経験を活かしていくことは、葛藤も伴いますが、大きなやりがいです。現在では、役職の垣根をこえて「市長、何とかやりきりました」と職員が言ってくれるのが本当にうれしいです。



市長として気をつけていることはありますか?


まずは、「やる」と約束したことは、職員とチームでやりきるということ。そして、「おもてなしの行政サービス」「共感と信頼の市政運営」「現場主義」の徹底です。
国が、国全体に関わる政策を決めた後、それを実際に地域で生活している市民の皆様に合った形で実践するのは、私たち基礎自治体です。そのトップである首長が「約束を果たせませんでした」では、市民生活に混乱を招いてしまいます。「約束は必ず果たす」という執念を持って取り組まなければなりません。
しかし、基礎自治体の仕事は、市民の皆様の安全・安心をお支えする、ありとあらゆる分野に及びますから、私が一人で成し遂げられることではありません。市の職員が一丸となり、連携して取り組んで初めて実現できることです。特に横浜市のような大都市ではなおさらのことです。私は、全ての職員が使命感とやりがいを感じながら働けるよう、区役所をはじめ各職場に足を運んで現場の職員と言葉を交わすように心がけてきました。そして、市民の皆様に対するおもてなしの大切さ、そこから生まれる市民の皆様との信頼関係の大切さを繰り返し語り続けました。
行政にはなじみのない「おもてなし」や「共感と信頼」という言葉に、最初は職員も戸惑っていたようですが、徐々に浸透し、成果が表れてきました。区役所の窓口をご利用された方の満足度調査の結果は年々上がり続け、24年度には96.6%(25年度は97.0%、26年1月9日発表)の方が「満足」「やや満足」と回答していただけるまでになりました。



市の若者について教えてください。


横浜には市内に28の大学があって、大学生の皆さんのボランティア活動が大変盛んです。大学と地域の皆様や市役所とが連携して進めている事業も数多くあります。例えば、商店街と連携した地域貢献の研究拠点や子どもたちの居場所づくりなども手がけていますし、地域のコミュニティ形成にも協力いただいています。また、大学と区役所が連携してまちづくり活動を進めたり、さらにはプロサッカーチームと共催で障がい者のスポーツリハビリテーションセミナーや障がい者のサッカー教室を開催したりと、連携は多岐にわたっています。



若者向けの政策について教えてください。


グローバルな視野を持った人材を育てるため、小学校での国際理解教室や、ネイティブスピーカーの各学校への配置などを行ってきました。今後、市内の高校生の海外留学などを後押しできるような仕組みも検討しています。

また、平成24年度に行った「横浜市子ども・若者実態調査」では、横浜の15~39歳の若者約113万人の中、およそ8,000人が引きこもりの状態にあり、57,000人が無業状態と推計されています。全国共通の問題でもありますが、横浜市では、彼らが自信と輝きを取り戻し、社会との関わりを持ち、自立と就労につなげていけるよう様々な取組を行っています。例えば、農業や飲食業の仕事を手伝ってもらうことで働く喜びを知ってもらったり、職業的自立を支援するための若者サポートステーションを運営しています。

●よこはま若者サポートステーション
http://www.youthport.jp/saposute/
●湘南・横浜若者サポートステーション
http://k2-inter.com/shonan/



若者へのメッセージをお願いします。


今はICTの時代です。情報技術が発展し、瞬時に世界中の情報と接することができる大変便利な時代になりました。一方で、このように変化のめまぐるしい時代だからこそ、常に新鮮な情報を手に入れ、時代の動きを敏感に捉えるためにも、面と向かっての人との関わり、人肌の感じられるコミュニケーションがますます大切になっていると感じています。重要なのは相手の気持ちを考え、受け止める力です。仕事の本質の部分は「人」で決まります。泣いたり笑ったり、豊かな感情を持って生きる「人」と向き合うことができる「共感力」を育むことは、仕事でもプライベートでも、将来の大きな糧となって自分を助けてくれます。
自分から心の鎧を脱いで、相手と気持ちを通わせる。若者の皆さんにはそういう人間の本質的な愛を受け止め、相手の立場に立ち、どうしたら相手を喜ばせることができるかを考えてほしいと思います。それが私の思う、おもてなしの心です。

最後に、皆さんの生活に密接に関わる市政について関心を持っていただきたい。そして、ぜひ積極的に地域の活動に関わっていただきたいです。



(インタビュー:2013-12-16)


1965年 東京都立青山高等学校 卒業
東レ、パナソニック等勤務を経て、1977年ホンダの販売店に入社。
BMW東京株式会社 代表取締役社長、株式会社ダイエー 代表取締役会長 兼 CEO、
日産自動車株式会社 執行役員などを歴任。
2009年 8月第30代横浜市長就任。現在2期目。

内閣府 男女共同参画会議 議員、総務省 第30次地方制度調査会 臨時委員
文化庁 文化審議会文化政策部会 委員、東京女学館大学 客員教授を歴任。

2004年 ウォールストリートジャーナル紙「注目すべき世界の女性経営者50人」選出
2005年 米フォーブス誌「世界で最も影響力のある女性100人」選出、米フォーチュン誌「米国外のビジネス界最強の女性」選出
2006年 日経ウーマン誌「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」キャリアクリエイト部門1位、ハーバードビジネススクール女性経営者賞 受賞
2008年 米フォーチュン誌「世界ビジネス界で最強の女性50人」選出

『会いたい人に会いに行きなさい』(講談社)、『共感する力』(ワニブックス)、
『しなやかな仕事術』(PHP新書)など著書多数。
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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