ジャパンプロデューサーインタビュー

Vol.183 [首長] 中野 和信 埼玉県蓮田市長 「人生の本舞台は常に将来に在り」

市長

埼玉県蓮田市長 中野 和信
選挙区 埼玉県蓮田市

 

政治家を志したきっかけ


祖父も父も含め、代々蓮田に住んでいましたので、ずっとお世話になってきた故郷に尽くしたいという想いがありまして、大学卒業後、市役所に就職して33年間市の職員をしておりました。市長に立候補したのは55歳の時で、挑戦してみようと思った理由としては大きく2つです。
ひとつは市職員をしていて感じた「もっと多くの市民と直接触れ合いたい」という想いが強くなったこと。33年間で様々な部署を経験していた自分でしたが、職員として触れ合うことのできる市民はごく一部分しかいないと痛感し、市長になれば、もっと広くたくさんの市民と直接関わりながら働けるのではないかと思ったのです。
もうひとつは蓮田市の未来を自分ならもっとよくできると思ったことです。蓮田市の市民性と言いますか風土として、新たな事業がなかなか進まない・最後まで完結しない傾向がありました。良い捉え方をすれば民主的で慎重だと言えますが、高度経済成長の終焉を迎え多方面での方針転換が迫られる時代背景の中で、このままでは未来の蓮田のためにならないと感じていたのです。33年間でいろいろな市役所の部署を廻って、経験も人脈もそれなりに自信があったので、自分ならなんとかできるという、うぬぼれた自負もありました。
要するに、市民と触れ合いながら市を良くしていく仕事がしたかったのです。そのために最も適していると思った立場がたまたま市長だっただけなので、いわゆる政治家への野心などは全くありませんでした。最初のチャレンジは210票差で負けてしまったのですが、その想いは枯れることはなく、再挑戦して当選しました。



市長のやりがいと葛藤を教えて下さい


私自身は使命感が特に強いので、他人からの賞賛等はなくても黙々とやるべきことをこなす性格の人間だと思っています。自分の力を大きく誇示したいという名誉欲は余りありませんね。むしろ、頑張らなくちゃ!と、責任感や使命感といったものが強い性格です。自分が市長になって、市の長年の課題だった大きな事業を解決できましたが、それも「なんとかしなくては」という使命感が原動力でした。強いて言うならば、達成感をひとつひとつ積み重ねて事業を進めていることが、見方を変えるとやりがいと言えるかもしれません。
葛藤については…「リーダーとしては“葛藤がある”と言ってはいけないのではないか?」という葛藤がまずありますね(笑)。実際はひとりの人間なので葛藤はありますが、やりがいとして説明したように常に仕事をやりとげて積み上げていくという使命感がありますので、葛藤があったとしても絶対に退くことはありません。常に実現する方法を考えています。そういう意味では葛藤はそれ程はないと言えるかもしれません。



市長の考えるリーダーシップとは


上に立つ人間は調整役として、皆の力を何とか引き出して結果につなげていくとともに、リーダーシップを持って自ら決断し責任を負うという仕事を実践しなければなりません。市長としての仕事に対する私のやり方は決して甘くはないと思います。長年市役所に務めていて、部長を始め職員の能力も性格もわかっていますし、様々な情報が常に入っているので、職員としてはやりにくい部分もあるかもしれません。ですが、選択と集中が必要なこの時代では、職員の力を引き出す能力も、決断のために必要な情報を自分で集められる能力も不可欠なことだと思っています。実際、これまでは、市職員の力を結びつけて事業を達成させることができてきたと自負しています。
一方、私は職員出身ならではの堅い所もあって、根回しなどが苦手なので議会対策などはあまり得意ではありません。対応ができない私を厳しく評価する議員の方もいらっしゃいますし、粛々と仕事を進めることを評価してくださる議員の方もいらっしゃいます。評価はそれぞれですが、市の執行側としては先にも述べたように、ある程度の達成感は感じています。



蓮田市のビジョンを教えて下さい


蓮田市は首都圏へのアクセスもよく、住みよいまちです。今後は、今ある文化水準をより一層高められる市にしていきたいと考えています。
古い話になるのですが、明治18年にJR東北本線が通りまして、蓮田市はいち早く駅を誘致していました。近隣の自治体がどこも断った駅の建設を受け入れたのです。今考えても、東京へのアクセスの良さと平坦な農地の土地の利を活かした選択だったと感じています。その東北本線のダイヤも貨物輸送によって終電が早いのが課題でしたが、上野東京ライン開設に伴うダイヤ改正で更に便利な蓮田市になる見込みです。また東北自動車道蓮田サービスエリアの上り下りの駐車場が狭かったのを改善すべく、新サービスエリアの建設が動き出しています。スマートインターチェンジも併設する計画です。他にも北部地域の圏央道も二年以内には開通予定です。今後、益々交通アクセスのよい便利な街となっていきます。
このように着実な施策で交通面が整備され、より便利になっていく蓮田市をもっともっと都市機能を備えた文化水準の高い街にしたいと思っています。余り知られていませんが、蓮田市の教育水準は高く小中学校の学力も県内でもトップクラスで、落ち着いた雰囲気の学校が多いと評判です。その高い教育水準とあいまって、文化拠点のシンボルとして蓮田にも文化会館が必要だと考えています。次の世代に借金を持たせるべきではないというご指摘も最もですが、この蓮田の地であれば文化施設への投資には将来の世代にも納得してもらえると信じております。



これからのまちづくりで市民に期待したいことはありますか?


市民と言っても老若男女おりますが、行政と日頃の市民生活との交流の手立てが必要だと思っています。市民にもっと蓮田市を知って好きになってもらうために、市としてどんなことができるのかを、つまり蓮田市との接点をどう創出していくかを考えなければなりません。
市への働きかけとして、若い人に敢えて今以上に何かして欲しいと期待することは無いですね。いつの時代も「最近の若いものは」と批判的に言われると思いますが、今の若者は情報量や勉強量からしても、我々の年代よりもずっと優れていると思っています。その能力が活かされるような社会を作るのが大切だと思います。若い方にはこのまま頑張ってほしいと思います。
一方で団塊世代のリタイアした方々には、その豊かな経験や知識と時間を地域に活かしてほしいと思う部分もあります。もちろん定年してゆっくりしたいという気持ちもわかるのですが、是非その能力を故郷のために活かしていただきたいのです。



若者施策があれば教えてください。


蓮田市は地味な街ではありますが、青年会議所、商工会青年部、PTAなどが、自分たちでこのまちを良くしていこうという活発な動きがあります。この新しい動きは行政主導でも政治家のリップサービスが裏にある訳でもないのです。市では、市民から「こういうことがやりたい!」という要望があったときには、あれは駄目これは駄目だと言うのではなくて、できるだけ実現する方向で調整するようにしています。実際に市民の発案で、市も協力しながら蓮田マラソンを開催したり、地域の野外フェスティバルなどを開催したりして若い人たちが自ら実行する動き、街おこしとなっていると感じます。今後も新しい提案があれば是非一緒にやっていきたいと思っています。



市長の学生時代を教えてください。


父親は体が弱く私が20歳の時に亡くなりました。小さい頃から父の代わりに地元の会合や行事に出席していました。その経験から、子ども時代から社会で働く意思を強く持っていました。高校受験の時にも、大学受験の時にも1日も早く社会に出て就職して働きたいと常々思っていました。学生時代は、今振り返ってみると、比較的おとなしい静かな学生でしたね。父親の代わりに、地域の寄り合いに自分が出なければならないことはたくさんありましたが、学生として、学問をおろそかにすることはなく一生懸命、高校、大学と通っていました。若い時からの地域や学校での経験が私を育ててくれて、判断をする力や耐える力や前向きに物事に取り組む力を養ってくれたのだと思っています。



若者へのメッセージ


若者に送りたい言葉は尾崎行雄の「人生の本舞台は常に将来に在り」です。大学時代、高校時代を思い出して悔やんだりすることもあると思います。でも、過去のことを悔やむだけでは何も生まれることはありません。常に未来のことを考えて生きた方がいいと思います!若ければ若いほどチャンスもチェンジも可能です。そして、未来のために、まずは、「今」を、一生懸命頑張ることからはじめてみてはどうでしょうか?



(インタビュー:2014-1-31)


1981(昭和56)年 4月 蓮田市財政部財政課長
1986(昭和61)年 4月 蓮田市建設部産業課長
1994(平成 6)年 7月 蓮田市建設経済部長
1997(平成 9)年 1月 蓮田市水道部長
1997(平成 9)年 4月 蓮田市都市整備部長
1999(平成11)年 4月 蓮田市教育委員会事務局教育部長
2001(平成13)年 4月 蓮田市シルバー人材センター事務局長
2003(平成15)年 1月 埼玉県行政書士会 登録
2003(平成15)年 5月 蓮田市議会議員(1期)
2006(平成18)年 5月 蓮田市長(1期)
蓮田市白岡町衛生組合管理者
埼葛斎場組合副管理者
2010(平成22)年 5月 蓮田市長(2期)
2013(平成25)年10月 埼玉県市長会理事
2013(平成25)年10月 埼玉県市町村総合事務組合議会議員
※プロフィールはインタビュー時のものです。

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